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カテゴリ:映画レビュー
『ブラインドネス』(Blindness) 2008 私が所属している映画サークルの部長から熱烈にお勧めされた一作。だいたい部長の好みというのはどっしりくる強烈なテーマ性を持った映画です。そういうわけで、私もこの映画が訴えかけてくるテーマを読み取ろうと構えて見ました。
あらすじ:現代のとある国のとある街。車を運転していた一人の日本人男性が、突然「視界が全て真っ白になる」という従来の失明とは異なる症状の視覚障害を起こす。男性を診察した医者や待合室の人々、彼らが接触した人と次々と感染していく。原因不明、治療法など皆目検討もつかない新病を前に、政府は患者の隔離を決定する。 医者が隔離施設に運ばれるとき、視力を保っている妻は自分も失明したと偽ってともに施設に入る。最初はたったの数人、しかし日を追うごとに数は増える。一方で支援はか細い食料のみ。誰もが視力を失った生活に適応できず、ゴミは散乱し、排泄もうまくできず不衛生になっていく施設。その中で医者の妻だけは、視力を保ち続けていた。 ある日、別の病室の王を名乗る男が、食料を全て管理すると言い出し、その代償に金品や女性の要求を始める。誰もが目が見えない中、ただ一人「目」を持っている彼女のできることとは・・・
先に言ってしまえば、案の定この映画はそうそう見ることができないくらい重いテーマ性を持った映画でした。もし娯楽を求めてこの映画を見たならば、きっとその評価は低くなることでしょう。盛り場らしい盛り場はなく、スカッとする解決も挟まれない。自分が書いたあらすじ、これを読むと医者の妻がアドバンテージを活かして王に反撃する勧善懲悪にも読めますが、そんなことはない。 状況は、驚くほど動きを見せません。ただただ、ゆるりゆるりと文明を失い、文化を失い、退廃していく。行き着く先は目を覆わんばかりの惨状です。目は見えても、か弱い女性にすぎない妻は、その流れに逆らうことはできません。何故なら、一度切り札を使えば最後、敵対勢力から排除されるしかありません。施設というミクロな空間で逃げることもできないため、敵を殲滅するか屈服させるしかありませんが、妻にそのような力はありません。この妻の行動に苛立ちを覚える人もかなりおり、yahoo映画での評価が低いことの一因にもなっているようですが、なんのことはない、動けるはずがありません。彼女は目が見えるが故に、周囲の人々を支え『生存させる』責任を負ったのであり、軽はずみな行動は生存さえ実現できない状況を作り出しかねないのです。
さて、そのような妻の行動というものは、その実この映画の持つテーマにとっては非常に些末なことと言えるでしょう。ではテーマとは何か。「人間の本質」と言ってしまえれば簡単なのですが、それは少々当たらないと感じます。確かに文明の衰退と退廃、それに伴って元始化する人間の欲望という姿は描かれていますが、この映画はもう一歩先に進んでいると思うのです。 キーになるのは、全員が同じ絶望的境遇に置かれるのではなく、ただ一人、視力を持ったままという、普通でありながら特別な人間が存在することであり、その人こそ主人公であるということです。つまるところ、この作品のテーマは「退廃した先」ではなく、「見えなくなったからこそ見えるようになった、人間の愛」だと思います。 途中までは「退廃した先の本質」がテーマであるかのように見せかけて、実はそうではない。絶望的な状況であるにも関わらず、いやだからこそ人間は生き、他人と関わりを持つ。人間が捨てきれない、実に美しいもの。それこそがテーマだと思います。
私は、この映画にとてつもなく満足しています。大変な傑作とも言ってよい社会派ヒューマンドラマです。シナリオに起伏はないし、冷静に考えるとリアルじゃないかもしれない(そのリアルでなさは隔離施設のミクロな世界をさらにミクロに、つまり閉鎖的にするためにわざと作ったものだと思いますが)、描かれている内容は人によっては嫌悪感さえ覚えるでしょう。 ですが、そこを隠さない。人間の汚いところも、そして逆に美しいところも包み隠さず映像にして、その両極を見せてくれる。これほどまでに「正直」な映画はないと思います。途中の平坦さも、その両極を際立たせるための演出なのだと、気付くこともできるでしょう。
この映画が万人受けするとは正直思いません。それなりの心の準備が必要な映画だと思いますし、そもそも非常に異色な映画だと思います。ですが、監督の意思はとても伝わってきました。 もしあなたが、人間の本質と生き様を描いた映画を探しているのなら、一度手に取ってみては? お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2010.03.05 03:53:46
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