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星見当番の三角テント

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歌織@星見当番

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2010.03.22
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星見当番が『蒼穹の昴』について暑苦しく語るあまりに
三分割におさまらないおまけ日記です。毎度すみません。

予言というテーマについて話そうとするとどうしてもネタバレになるので、
以下、文字がほとんど水色です。ネタバレ上等の方のみ、お進みください。


百発百中の星占い師・白太太を狂言回しとして登場させながら、
浅田次郎は白太太に「予言を克服する者を待望する心」を語らせます。

「運命は変えられる」既に使い古されたような言葉ですが、それが
『蒼穹の昴』から始まる浅田次郎の一連の「中国の幕末小説」のテーマです。
彼の太陽サインがわかってしまってからこのように書くのもナニでござんすが、
射手座っぽいスタンスだなあと思います。

予言をして外したことがない、そしてトロイアのカッサンドラのように、
人から攻撃されようと予言を枉げて伝えたことのない白太太が、
たった一度だけ、ウソの予言をしたことがあります。春児の予言です。

春児は昴のもとに生まれた子などではなかった。
星の配置を見ても、本人の現実の暮らしぶりを見ても、
放っておけば早晩飢えて死ぬ筈の子供だった。

しかし、白太太は春児の愛らしさ、健気さについほだされて、
ウソの予言をしてしまいます。春児や、お前は今に天下の財宝をすべて
その手に握る。空をごらん。あの星が昴だ。遠い昔、乾隆帝のお生まれになった時、
輝いていた星と同じ星、お前が生まれた時にも輝いていた星、お前の星だよ、と。

後日、白太太は梁文秀にそのことを告白します。
そんな予言を信じて春児は自宮(自分の手で浄身すること)までして
宦官になってしまった!と文秀は怒りますが、今さら春児にそんなことは言えず、
また伝える術があるわけでもなく。文秀は仕方なく、このことを自分ひとりの胸に
おさめます。

ところが。それよりもずっと後になって、春児は文秀に
「予言がウソだったことは知っていた」と告げます。
文秀、二度びっくりです。

春児が文秀にそれを告白したのは、文秀と仲間たちが光緒帝のために
起こしたクーデターが失敗し、文秀が仲間と共に死を覚悟したときでした。
お願いだから生きてくれとすがる春児に、文秀は励ますつもりで
「俺は白太太の予言どおり、皇帝陛下の右腕のまま、陛下のために死ぬ。
お前もまた、予言どおりに生きて、天下の財宝を手にするんだ」と言い聞かせます。

しかし春児は「それは違う」と言い、文秀は愕然とします。

「白太太の予言はウソだと、おいらは知っていた。
おいらがおもらいさんをしていてあんまりかわいそうだから、
白太太は予言を恵んでくれたんだ。米やトウモロコシは食べてしまえば
終わりだけれど、白太太は腹のなかでいつまでもこなれないものをくれたんだ」

ええと、今、現物を人に貸してしまっているので原文ママではありませんが。
ああそうだよ、占いの力ってコレだよなと当番、思いました。占いの力、じゃないですね。
語弊があるけれど、信仰の力と言った方がまだ近いかな。うーん、これもちょっと違う。

つまりですな。当番は白太太のついたウソのようなものが、
占い師とか宣教師とかが人々に贈ることのできる、あるいは贈るべきであるものの、
基本だと思ったですよ。占い師と宣教師をいっしょくたに語ったら、その両方から
「一緒にするな」と怒られてしまいそうですが、射手座の当番は平気で一緒にします。

どこが違うの?白太太が春児にしたようなことをする、あるいはできるんであれば、
宣教師だろうが占星術師だろうが、それはちゃんとした宣教師であり占い師。
もしもそれをしない、あるいはできないんなら、ちゃんとした宣教師でも
ちゃんとした占い師でもないってことです。当番はそう思います。

食べてしまえばそれでおしまい、の食物を分け与えるのではなく、
「腹のなかでいつまでもこなれないで残る希望」を分け与えること。
あえてキリスト教ちっくな言い方をすれば、それがたぶん
「精神のパン」ってことじゃないかしらん(当番は非クリスチャンなので
もちろん、「精神のパン」という言葉を誤解している可能性もございます。
読者様におかれましては、ゆめゆめ当番の言葉を鵜呑みになさいませんように)。

ところで『蒼穹の昴』ではキリスト教の宣教師が複数登場したり、
その宣教師が春児をキリストになぞらえたりする場面が出てくるので、
浅田次郎ってもしや、クリスチャン?とも思ってしまいましたが
それはどうやら違うみたいです。

白太太のウソに「いつまでもこなれず腹に残る希望」を見出して
それを種に生き抜いた春児の強さは、当番の憧れです。
春児はそのことを文秀に告げることで、文秀の心の中にもまた
いつまでもこなれずに残るメッセージを刻みつけました。
文秀は、死に向かう同志の分まで生きること、自分のために
生きる道をひらいてくれた全ての人のために生き延びることを決意し、
玲玲と共に日本へと亡命します。

春児は西太后のもとに留まり、主君を支えながら、共に清朝の終わりを
見届ける決心をします。傍で支えてくれる春児に感謝して、西太后は
「私の持つもの全て、お前にあげる。財宝はすべて、春児、お前のもの」と
囁きます。ここに、白太太のウソはホントになり、予言が成就します。
誰もそんな形での成就は望んでいなかったのですが、そういうことに
なってしまいます。

この後、李鴻章絡みのちょっとしたオチがつくのですが、
それは読んだ人だけのお楽しみということで。



『蒼穹の昴』は二段、三段とオチが用意され、エピソードの一部は伏線となって
続編である『珍妃の井戸』、『中原の虹』へと続きます。『珍妃の井戸』は
『蒼穹の昴』とはちょっと趣きが違う推理小説風のスピンオフ作品ですが、
それを間に挟んだ『中原の虹』がまた素晴らしく大スペクタクルな歴史小説です。
春児も文秀もふたたび登場し、西太后が死んだ後の中国が語られます。
(西太后、おとなしく死んでいるような人ではなくて、
ダンナのご先祖様に倣って幽霊で登場するんですけどね)


しかも、『中原の虹』は終わったようで終わっていない結末になっています。
まだ、シリーズは続くようです。当番、非常に楽しみにしております。
『中原の虹』について語りだすとまた長くなるので、今回はこの辺で。
ご希望がある場合、一応『中原の虹』語りをやらかす用意だけはある(^^;)☆\(--;)
ええと、やらかすにしても来週末とかですが。

当番の長話にお付き合いくださった方で、『蒼穹の昴』読んでもいいなと思った方は、
ぜひ図書館や書店で冒頭だけでも立ち読みしてみてください。ハードカヴァーなら上下巻。
文庫本なら四冊組です。どっちも講談社です。ええと、講談社の回し者でも、
浅田次郎の回し者でもありません。強いて言うなら射手座の回し者です(^^;)☆\(--;)







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最終更新日  2010.03.23 22:37:19



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