『ダーリンは外国人 in English』を読んでみた
こんばんは、星見当番です。昨晩は睡魔様に負けましたorz今夜も背後に睡魔様の気配を感じつつPCに向かっております。さて本日のお題。ハンガリーとイタリアの血を引き、アメリカで教育を受けた夫・トニーとの生活を日本人で漫画家の妻の眼から描いたコミックエッセイ『ダーリンは外国人』。そのまんま「国際結婚して日本で暮らす、とあるカップルの物語」として読んでも、「射手座の妻による天秤座夫の観察日記」として読んでもなかなか興味深いこの作品、4月10日から実写版映画も公開されますね。映画館で予告編を見ましたが、なかなかいい感じでした。トニー役の人の日本語も流暢で大変よろしいです。少なくとも『西の魔女が死んだ』のおばあちゃんよりは自然な日本語を話してます。(欲を言えば、トニーのヒゲはもっと濃ゆくてもいいんじゃないかと。それから、原作の絵から受けるイメージよりも痩せっぽちなんですよねー)映画版『ダーリンは外国人』公式サイト(開くと音楽が流れます。音量注意。余談ですがこの音楽、割と当番好みです)映画化記念、というわけではないのかもしれませんが、『ダーリンは外国人in English』なる本が出ていたので買ってみました。ダーリンは外国人シリーズは数冊出ているのですが、その第一作を「ダーリン」ことトニー・ラズロ氏が英訳したものです。小栗左多里による元の日本語のセリフも英語と並んで小さく印刷されています。はじめて日本のマンガを読む英語圏読者への配慮なのか、本の最初の方には「日本のマンガの読み進め方」が図解されています。ページは右から左に進むこと、コマも右上からスタートして、一番上の段を右から左へ読んだ後、その下の段も右から左へ読むこと、同じコマの中に複数の吹きだしがある場合は、それもまた、おおむね右から左の順に会話が進んでいること、などなど。「はじめに」や「キャラクター紹介」もきっちりバイリンガルです。キャラクター紹介(日本語版)には、さおり&トニーの誕生日(月日だけ)と星座(太陽サイン)が書かれているのですが、英語版を見てみると、ちゃんと「星座:射手座」→‘Sign:Sagittarius’となっています。ごく当たり前のことなんですが「よしよし、ちゃんと“サイン”だな」と嬉しくなる当番です(天文学の星座はconstellation、占星術の「星座」はsign)。「はじめに」から英語・日本語・英語・日本語…と読み比べていったところ、『ダーリンは外国人 in English』は逐語訳ではなく、かなり補足や意訳が多いことが判明しました。特に笑いどころであるようなコマで、かなりの確率で違うセリフになっています。英訳者であるトニーと原作者の小栗左多里はご夫婦なので、そういう改変についてもたぶん二人で話し合って同意の上なのだろうとは思うのですが、読んでる当番はちょっとモヤモヤします。母語が英語の人は、日本語版の直訳よりも、トニーさんが宛てた改変版のセリフの方が笑いやすいのかなあ。当番的には、日本語でおかしかった部分をそういう風に変えられちゃったらちっとも笑えないんだがなあ、とか(しかしながら変えてあってもちゃんと普通に笑える箇所もあります)。それから、セリフの意味を変えているわけではないのだけど、全体的に英語のセリフの方が日本語のセリフよりもクドめです。日本語では省略している部分、行間の解釈を読者に任せている部分を全部こってりしっかり説明してある感じ。たとえば、トニーが「ハトが『100ぱと』(←100羽)いる」と言いまつがう場面。妻の心の声として、コマの外に小さく「よそで言っちゃだめよ」と書いてあります。これの英語バージョンは‘Tony,promise me you won't say something stupidlike that when somebody else can here you.(トニー、お願いだから他人の耳に入るところでそういうアホなこと言わないでね)’長い、長いわ!日本語が母語の人なら「だめよ」という女性的な語尾を見ただけで「女性のセリフ→登場しているのは夫と妻だけなんだから妻のセリフなんだろう→命令形なのだから妻が夫に何か言っているのだろう」と瞬時にわかるからわざわざ「トニー」なんて呼びかけの言葉を入れなくていいんですもんね。日本語から英語への「翻訳」上で変えられたセリフで当番が納得いかないのはタイトルが「そんなつもりじゃ」というエピソード。これの英語版タイトルは、なぜか‘Do as I Say,Not as I Do(私の言うとおりにして。するとおりにしちゃダメ)’タイトルから首ひねりっぱなしの当番。このエピソードは、「『あっち向いてホイ』のルールがうまく飲み込めず連戦連敗のトニー。彼のその反応が面白くてつい連続で『あっち向いてホイ』をしてみたら、とうとうトニーが涙目で苦痛を訴えてきて、なんだか妻が夫をいじめたみたいな展開になってしまった。別にいじめてやろうと思ったんじゃないのに」という話。タイトルの「そんなつもりじゃ」はそういう意味だと当番は読解してたんですが。…まあ、英語版と日本語版でエピソードの総括としてのタイトルのつけ方が大きく異なるというのは、映画や小説なんかでもよくあることなので、タイトルの件はおいておきます。納得がいかないのはオチにつながる部分の「英訳」が元の日本語とは大幅に異なる件です。以下、日英のセリフのみ引用(前提:「あっち向いてホイ」で何度も負けた後のトニー。上段のカギカッコ内が日本語・下段の丸カッコ内が同じ部分の英語。カッコひとつ分が、吹きだしひとつ分。)トニー「なみだ…でてきた…なぜか」(Time out! I need...a handkerchief,I think.)トニー「体罰に使われたりするんですかね?」(Is this like...some kind of punishment?)さおり「は?」(Eh?)トニー「これやってできなければ殴る…とか?」(I mean,what other tortures await if I can't get the hang of this?)(吹きだしではない地の文)「キンチョーするんです」(Boy,he's really stressed out!)さおり「トニー『あっち向いてホイ』……つらいの?」(Now then,from the top. Look over...)(吹きだしではない地の文)「どうも彼にとっては遊びには思えないらしい」(It's a game! Relax and have fun!)………うーん(眉間にシワ)。日本語の「キンチョーするんです」は吹きだしには入っていなくて誰のセリフ、と明示されてはいないけど、これ、トニーの頭のすぐ横にあって、トニーはとてもつらそうに顔をしかめて俯いているわけだから、トニー側の言葉じゃないのか?口に出しては「これやってできなければ殴るとか?」と言って、しかめた顔と縮こまった姿勢というボディーランゲージで「キンチョーするんです」と訴えている、と当番は理解していたのですけどね。英語版‘Boy,he's really stressed out!’だと、さおりが彼を観察してそのように(内心で)思っている、という表現か、それ以外の第三者が彼を観察して様子を述べている、という感じにしかならないと思うのですが。そして「どうも彼にとっては遊びには思えないらしい」と「ゲームなんだから!カタく考えないで楽しもうよ!」じゃ全然ニュアンスが違うと思うし。日本語バージョンの「どうも彼にとっては遊びには思えないらしい」はそのまま日本語タイトル「そんなつもりじゃ」につながるんですよね。全体としてさおりが「やっちゃったな…トニーと自分じゃ感じ方が違うんだな」と(内心で)ライトに反省している話→「不慣れなトニーに対してついやりすぎてしまう、おとなげないさおりの失敗(?)を笑う話」であるのが日本語バージョンなのだと当番は思います。英語バージョンも、最後の‘It's a game! Relax and have fun!’がタイトルの‘Do as I Say,Not as I do’につながるんだと思うんですが。シメのセリフがそれで、タイトルがそれだと、日本語バージョンのような「おとなげないさおりを笑う話」ではなくて単なる「トニーの不慣れさを笑う話」になってしまうじゃないか!と当番は思うわけですよ。いいのか?それは。もっとも、英語バージョンの改変セリフでつい笑ってしまったものもあります。「モノは直して大切に使う」のが信条であるトニーが、壊れた椅子を修理して得意げに使う場面。修理した椅子にちょこんと腰掛けて、周囲にキラキラを振りまきながらうっとりとするトニーの横に、筆文字で大きく「D.I.Y万歳」と書いてあるのが元の日本語バージョン。これの英語バージョンはというと、筆文字の下にゴチック体で、なぜか‘His Royal Do-It-Yourself Highness’と。直訳で日本語に戻したら「DIY王子(DIY殿下)」と言ったところでしょうか。これは話のイメージも崩さないし、「日本語版でそう書いてあっても面白いかも」と素直に思えるので、よろしいんです。まあ他にも色々とツッコミどころの多い「英語バージョン」でしたが…もともとそうやってツッコミつつ読んでもらうための本なのかもしれないし。純粋にマンガとして読んだ場合、トニー・ラズロのネームによる『ダーリンは外国人』は小栗左多里のネームによる『ダーリンは外国人』ほどは面白くないかもしれない、というのが当番の感想です。