|
カテゴリ:美術館・博物館
『ブリュッセル王立美術館』の2階「古典美術館」は、ここでほぼ作品を観終わりました。さぁ~これから行きたかった「カフェ」へ行きます♪ランチの後に・・・「マグリット美術館」&「世紀末美術館」に戻ってまいりますウキウキ
きらりのわがまま『ベルギー旅日記』・・・第50回 ブリッセル王立美術館 Level・2「古典美術館」 エントランスの上の吹き抜け(2階)LEVEL=2からの眺め この柵を囲む「古典美術館」に朝10時から入館して全てを鑑賞できました。 おやっあと3、4点ありました ピーテル・ブリューゲル(子) PIETER BRUGEL II Brussel 1564・1565- Antwerpen 1637・1638 DE AANBIDDING DER WIJZEN MET SNEEUWEFFECT gesigneerd 『雪中の東方三賢王の礼拝』 巨匠「ピーテル・ブリューゲル」同名の長男が描いた父の模作であります。 ブリューゲル(父)は・・・ 「東方三賢王の礼拝」という主題を 初期・中期・晩期と・・・少なくとも3回描いた。 それぞれの作品には、各時期の特性を示していて興味深い ごく初期に属するブリュッセルの作品は ブリューゲル(父),カンヴァスにテンペラで描いた作品であります。 聖母子の周りに集まる従者や群衆の描写には、 すでにブリューゲルの特色が出ているが、 中央に粗末な木造の家畜小屋を配した構成は、 ヒエロムニス・ボッシュの影響がある。 ブリュッセルに移住してから描いたロンドンの作品は、 (写真なし) モニュメンタルなイタリア絵画を念頭において構成している。 ブリューゲルにとって唯一の縦長の油彩画で、 初めて大型の人物たちで画面を構成した。 この作品では祭壇画に近い形式をとっていて、 物語主題ながら祈念画的な作品である。 けれども、威厳にとぼしい賢王たち。 聖ヨセフの耳元に告げ口をする若者などを見ると 祭壇画として描かれたとは思えない。 豪華な贈り物に目を見張る兵士、 眼鏡をかけた見物人にはユーモアと風刺があって 伝統から逸脱したブリューゲルらしい描写がある。 この主題で・・・ ブリューゲルが独自性を発揮したのは、 晩年の小品『雪中の東方三賢王の礼拝』である。 雪の降りしきるブラバントの農村を舞台に・・・ 日常生活を営む民衆にまぎれるかのように 主題たる東方三賢王の礼拝を思い切り片隅においている。 宗教的なできごとを描くよりも ブリューゲルの主眼は・・・ むしろ雪降る農村の情景にあった! 神秘な事柄をあたえて降雪の村の光景のなかで描く事で 風俗性と抒情性を高めている。 PIETER STEVENS II Mechelen ca.1567-laatste vermclding te Praag in 1624 DORPSGEZICHT MET VISSERS EN HOUTHAKKERS そして、 これが最後の1枚です。 マーティン・ド・フォス MAERTEN DE VOS Antwerpen 1532-1603 PORTRETTEN VAN ANTONIO ANSELMO, ZIJN ECHTGENOTE JOANNA HOOFTMAN EN HUN KINDEREN GILLIS EN JANNEKEN(JOANNA) gesigneerd 1577 マーティン・ド・フォス・・・とは? Marten de Vos Maarten 1532年-1603年 アントワープで16世紀後半に活躍した画家。 フランス・フロリスのように マーティン・ド・フォスは・・・ イタリアを旅し、マニエリスム様式を取り入れた。 また、ヴェネティア派の色彩の影響を受けており ティントレットの工房で働いた経験があるのではないかと? 1566年に起きたイコノクラスムの後 ド・フォスは・・・ アントワープでカトリック教会の再建のための祭壇画を多く手掛けた。 その中には、アントワープの「聖ルカ組合」のための 『聖母を描く聖ルカ』1602年や 商人たちの組合のために描かれた 『カナでの婚宴』1597年がある。 彼の甥であるウィレム・ド・フォスも画家となった。 ・・・『古典美術館』おわり・・・ 2019年4月10日(水)お昼になりました。 さぁ~これから行きたかったベルギー王室御用達の オシャレなカフェに行きましょう 古典美術館にぽち お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2019.06.16 00:10:13
コメント(0) | コメントを書く
[美術館・博物館] カテゴリの最新記事
|