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「きらりの旅日記」

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ほしのきらり。

2020.08.06
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カテゴリ:美術館・博物館
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​パリ『オルセー美術館』ルノワールの作品「田舎のダンス」と「都会のダンス」をまたじっくりと見較べてみましょうスマイルこのモデルは・・・誰?贅沢に2点揃えて持っていた人物とは?



手書きハートピエール=オーギュスト・ルノワール手書きハート
​​Pierre-Auguste Renoir​​
1841年2月25日〜1919年12月3日(78歳没)

​Danse a la campagne​(1883)​​


Huile sur toile


180.3cm×90.0cm


​『田舎のダンス』1883年​​


油彩・カンヴァス


パリ『オルセー美術館』所蔵


音符ダンスは・・・


「乾いたまばゆい光のなかに

 素早いモデリングによって

 いくつものポーズを

 そして厳格なアラベスクを

 彫り出していく。

 時として、そこから

 視線や女性の横顔


 陶酔を含んだ微笑みや

 予期せぬ接触が垣間見える」。



「田舎のダンス」には・・・


小説家:フランシス・カルゴ(1886年〜1958年)


が綴った大衆の舞踏会への賛辞が


こだましているかのようだ。


ルノワールは、ダンスの陶酔と


1組の男女の肖像を同時に描き出している。


『田舎のダンス』では、

ルノワールの友人で


ジャーナリストにして小説家の


​「ポール・ロート」1850年〜1894年​


​「アリーヌ ・シャリゴ」1559年〜1915年​

とともにポーズをとっている。


彼女は、ルノワールが


パリのサン=ジョルジュ通りで


1878年〜1879年頃に出会い


のちに伴侶とした女性である。


モデルたちが踊っている場所は・・・?


厳密に言えば田舎というよりは


セーヌ川か?


マルヌ川?のほとりにある


ルノワールが熱心に通っていた


酒場か?


ダンスホール?である。

ここでは、帽子が地面に転がり上向き矢印テーブルは上向き矢印


つい今しがた席を立ったかのように乱れていて


やや俯瞰(ふかん)した構図で描かれている。


こうして、活気にあふれた


愉快なひと時が、描き出されているのだが


息子:ジャンは、


父から聞いたこのような夕べの思い出を


次のように描写している。


「夜になると、彼(ルノワール)は、

 いつも進んでピアノを弾く役を引き受け

 友人たちのダンスの伴奏をした。

 テラスのテーブルは、

 すみにかたずけられた[・・・]

『きみのお母さんは、

 すばらしくうまく踊ったよ。

 私の方は足ばかり踏んでいたがね』」。


『田舎のダンス』は確かに


にこやかで美しいアリーヌ に対する


愛の告白になっているが手書きハート


それと同時に美学上の宣言にもなっている。


伴侶とモデルという役割が


ここでひとつになっていることで


ルノワールが追求した


自然さと率直さという


理想が引き出されているのだ。


数年後の


デュラン=リュエル画廊での内覧会の際に


ドガが、


「母(アリーヌ )の簡素な服と

 他の女たちのけばけばしい衣装とを見較べながら」


アリーヌ について


​「彼女は女王みたいだね」​と、語ったと、


ジャン・ルノワールは回想している。


手書きハートピエール=オーギュスト・ルノワール手書きハート
​Pierre-Auguste Renoir​
1814年2月25日〜1919年12月3日(78歳没)

Danse a la ville​(1883)​​


Huile sur toile


179.7cm×89.1cm


『都会のダンス』​1883年​​


油彩・カンヴァス


パリ『オルセー美術館』所蔵


2点の『ダンス』の絵には、相似と対照がある。


ともにほぼ同じ寸法で


ルノワールが同時に描いたものであり


(1912年を除く)常に一緒に展示されてきたものであり


『田舎のダンス』と『都会のダンス』は、


対照の妙を示すべく構想された一対の装飾的な絵画なのだ。


『田舎のダンス』では・・・


戸外の酒場の陽気で庶民的な雰囲気が


暖かい色彩で再現されている。


これとは、反対に

色が冷たく、ブルジョワ的で


物静かな雰囲気の『都会のダンス』は、


白い大理石のある優雅な室内が舞台で

のちに画家となる


「シュザンヌ・ヴァラドン」1867年〜1938年​が​


「ポール・ロート」の腕のなかでモデルをつとめている。


こうして「都会/田舎」の対比が成立していたのだが


1886年になるとルノワールは・・・


​それぞれの絵を

《夏》と《冬》として展示することで​​



​季節の対比も付け加えた。​​


ルノワール芸術の精華であるこの2点の《ダンス》は、


1880年代初頭の彼の芸術上の発展を特徴づけるとともに


記念碑的な形態にうまく調和させている。


これら2点の絵は、


1891年にデュラン=リュエルが画廊のために買い入れた。


しかし、画廊は


ルノワール絵画の最高の使者として


決して手放すことはなく


自身の傑出したコレクションに付け加えたのだった。


実際に『田舎のダンス』と『都会のダンス』は、


パリのローマ通りにあるこの画商の邸宅の至宝であったグッド


そこには、「新しい絵画」に情熱を燃やす


芸術家や有力なコレクターがやってきては、


この当時、おそらく最も重要だった


『印象派絵画の個人コレクションを嘆賞していたのである。

(資料:S.P./t.s.さまより)


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最終更新日  2020.08.06 00:10:07
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