「きらりの旅日記」

2020/08/13(木)00:10

ルノワール 横たわる裸婦(ガブリエル)1906年 オランジュリー美術館 大きな裸婦 クッションにもたれる裸婦 1907年 オルセー美術館

美術館・博物館(1927)

​​​​​​​​​​​​​ルノワールが熱烈に敬愛してやまなかった「ティツィアーノ」の『ウルビーノのヴィーナス』のような裸婦を目指していたのですね〜 ピエール=オーギュスト・ルノワール ​​Pierre-Auguste Renoir​​ 1841年2月25日〜1919年12月3日(78歳没) ​Femme nue couchee(Gabrielle)​ Vers 1906 Huile sur toile 67.0cmx160cm ​『横たわる裸婦(ガブリエル)』​ 1906年頃 油彩・カンヴァス パリ『オランジュリー美術館』所蔵。 『横たわる裸婦』のモデルは・・・? ジャン・ルノワール (1894年〜1979年)の世話をするために ​​ 1894年にルノワール家に家政婦として入った ガブリエル・ルナール(1878年〜1959年)である。 ​​ ガブリエルは・・・ 乳母であり、 家事手伝いであり、 絵筆と絵具を準備してくれる助手でもあり、 されには、 1914年までルノワールのためにポーズをとっており 彼女をモデルに200点近い絵画が生まれることとなった。 ヴォラールが語るように 「ルノワールの料理女には、 『光をよく吸い込む肌を持っていること』  が求められた」のである。 モデルは、身近にいて 家族の日常生活にも馴染んだ人物であったが かといってそのことは、ルノワールが 19世紀にとりわけ「アングル」と「マネ」によって 一新された西欧絵画における偉大なテーマのひとつ、すなわち ​『オダリスク』​の変奏としての横たわる裸婦というテーマに 取り組む妨げにはなっていない。 ときおりエキゾチックな布や バブーシェ (トルコ風スリッパ)を描きこんでいることを除くと ルノワールは、 オリエンタリスムの作法に従うことなく 絵の場面をアトリエのなかに設定している。 とはいえ、それでもなお オリエンタリスムの源泉を探りながら 官能的な曲線を見せている しどけない裸体を実現しているのである。 こうした曲線は、 その後、『大きな裸婦』において さらに強調されることになるのだが・・・ ​​Grand nu ou Nu sur les coussins(1907)​​ Huile sur toile 70.0cmx155.0cm ​​『大きな裸婦 あるいは ​クッションにもたれる裸婦』​​​ ​1907年​ 油彩・カンヴァス ​パリ『オルセー美術館』所蔵。​ 腰の部分の描き直しの跡がそれをよく物語っている。 2点の横長の大きな裸婦像に 近似した大きさの第3の裸婦像(個人蔵)を付け加えることもできるのだが これらの作品は、明らかに、 ルノワールが熱烈に敬愛してやまなかった ティツィアーノの ​​ 『ウルビーノのヴィーナス』に対するオマージュである ルノワールにぽち​​​​​​​​​​​​​​

続きを読む

このブログでよく読まれている記事

もっと見る

総合記事ランキング

もっと見る