7496254 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

「きらりの旅日記」

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! --/--
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x

PR

カレンダー

プロフィール

ほしのきらり。

ほしのきらり。

カテゴリ

2020.11.25
XML
カテゴリ:美術館・博物館
​​​​​​​​​​​​​​​​​ルーヴル美術館で一日中歩いて座り込んでしまった!そんな思い出が懐かしくなるようなドガの絵画があります。パリに行くのはまだちょっと駄目ですが涙ぽろりこのモデルは・・・

ドガとの仲が取りざたされたアメリカ人画家「メアリー・カサット」です手書きハート


音符​美術館に行ってみたくなる絵画とは​音符



​Vist to Museum,1879-90​


『美術館にて』1870年〜1890年​​​

oil on canvas 


「ボストン美術館」所蔵。​​​​​


ここは、ルーヴル美術館です。


2人の女性が、ガイドブックの助けを借りて


金枠で囲まれた絵を調べてスマイルスマイルあれやこれや


そこに興味を示唆する態度が見られるだけでなく


美術館で長い1日を過ごした疲労感も見えます。


1880年代の美術館のギャラリーで


ドガが制作した一連の絵画や版画の


モデルのいくつかは、彼の友人たちです。


ドガが1877年に印象派グループに招待した人

アメリカの画家メアリー・カサットであった。


1880年代になると次々と友人たちが亡くなり涙ぽろり


印象派のマネも1883年に亡くなってしまいますが


ドガには、新しい友人が現れます。


カサットもその信頼できる友人のひとりで


カサットは、裕福なへヴメイヤー夫人に


ドガの作品を購入することを勧めた。


ドガは、1870年代の終わりころから


住居内で描いた装飾品としての作品を制作し


へヴメイヤー夫人は、ドガの作品を収集した。

手書きハート手書きハート手書きハート手書きハート
​エドガー・ドガ​

​Edgar Degas​


1834年7月19日〜1917年9月27日(83歳没)


フランス人・印象派に属する画家・彫刻家。


パリの銀行家の長男として生まれる。


学校での成績は優秀で父の希望で大学に進むが


どうしても美術の道へ進みたいと父に申し入れ画家となる。


1870年9月に国民軍の志願兵として出征し


目の網膜の病気になり戸外での制作活動ができなくなり、その後


肖像画、美術館、オペラ座の踊り子など室内の主題を多く制作した。


1870年代、室内で描かれた作品下向き矢印

Duchessa di Montejasi with Her Daughters

El eno and Camillo,about 1876


『モンテハシ公爵夫人と彼女の娘』

 エレノとカミーロ(1876年頃)
​​
「ボストン美術館」所蔵。


これは、ドガの最後に描いた


素晴らしい家族の肖像画です。


ステファニー・カラファへの贈り物として描かれた。


右の中央に描かれているのが


ファニーおばさんとして知られたモンテハシ公爵夫人で


ドガは、その姿をお世辞なしの姿で描いていますうっしっし


2人の娘は、動きがあり横を向いていますが


公爵夫人は、対照的に正面を向いて静かに座っています。



ダブルハートメアリー・カサットをモデルに描いた作品ではダブルハート

『カードを持って座るカサット嬢』1884年頃​

71.5cmx58.7cm

ワシントン「ナショナル・ギャラリー」所蔵。


ドガの周囲に集まり『印象派展』で


一群を形成した仲間の大多数は、凡庸な画家であるが、


せいぜい乏しい才能を活用していた画家であった。


この中で一人例外的な存在は、


アメリカ人画家のメアリー・カサットであった。


彼女は、初めドガの後継者と見られており


事実、多くの点で彼に負うところがあったが


強烈で個性的な才能の持ち主であった。


​メアリー・カサット・・・とは?​

​Mary Stevensatt Cassatt​
メアリー・スティーヴンソン・カサット


1844年5月22日〜1926年6月14日(82歳没)


フランス系アメリカ人で実業家の家に生まれたカサット


ペンシルヴァニア美術アカデミーで研鑽を積んだ後


ヨーロッパに旅立ち船


1874年、第1回『印象派展』の年にパリに居を定め


1877年、ドガと知り合った。


その後の印象派展には、4回参加し


ドガが除外された第7回だけ一緒に不参加であった。


気になるダブルハートドガとカサットの友好関係は、


1880年代初頭、カサットがドガの帽子屋光景を描いた

パステル画のうちの数点や、


エッチング『ルーヴル美術館にて』のモデルを務めていた時期に

親密度を高めていた。


この頃から彼らはダブルハート愛人同士であると噂されるほどであった。


ドガは、こうした事柄には無関心であったが、


この噂には真実味が薄いが・・・


カサットが、のちに二人の間に交わされたeメール


メールする手紙を破棄する必要を感じたことは興味深い。


ドガは、女性に対して偏見を持ち、


女性には、芸術を理解することは不可能だと断言していたにも関わらず


カサットの作品を高く評価していた。


1886年にカサットの『髪を整える少女』

ドガの所有下にあり


ドガのコレクションの誉れ高い1点として


長く最良の場所に掛けられていたのであった。


この肖像画に見られる謹厳な

いかめしいとも言える顔つきは、


19世紀の多くの女性肖像画の呈するくつろいだ


無気力な優美さとは似ても似つかないものである。


巻いたゼンマイのようにピンと張った前屈みの姿勢は、


カサットの個性のもつエネルギーと迫力を見事に伝えている。


タロットか?トランプのカードを手にする


謎めいた仕草に関して言えば・・・


品行方正な婦人には例外的な


そしておそらくは有り得ない!こうした所為が


のちにこの作品に対して彼女が抱いた


嫌悪の原因の一部であったと指摘されている他には、


十分な解明がなされていない。


これを何年間も自身のアトリエに飾った後、


彼女は、強い嫌悪感を抱いたと見え


これを売却した頃の手紙には次のように記されているeメール


「私は、これを私の肖像画として

 家族に残したくは有りません。

 これは、芸術的価値の高いものですが

 私をたいへんに冷淡な人間として表しており

 心を苦しめますので

 私が、この作品のモデルであることを知られたくないのです」



おとめ座モンテハシ公爵夫人にメアリー・カサットの肖像画もムカッ


女性としては、悪意を感じてしまう出来上がりですよね!


ドガの女性観って納得できなく許せません

(もっと若く美人に描いて欲しい)

カサットの気持ち、お察し致します。


(参考資料:岩波世界の巨匠ドガより)
(写真撮影:ほしのきらり。)​

巨匠:ドガにおとめ座ぽち右矢印にほんブログ村 旅行ブログ 世界遺産へ​​​​​​​​​​​​​​





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2020.11.25 00:10:09
コメント(0) | コメントを書く



© Rakuten Group, Inc.