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「きらりの旅日記」

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ほしのきらり。

2021.01.27
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カテゴリ:美術館・博物館
​​​​​​​​​​​​ファン・ゴッホは、最後のテーマ糸杉に魅せられています。糸杉でひまわりのような絵を描きたいと研究しているのですが、死のイメージへと徐々に・・・


月​​星月夜と糸杉のある道​​月




南仏のユートピアが崩壊したのち、


ファン・ゴッホの内面で「宗教」と「自然」の壮絶な戦いが始まる。


 花  花  花  花  花  花  
フィンセント・ヴィレム・ファン・ゴッホ
​Vincent Willem van Gogh​

1853年3月30日〜1890年7月29日(37歳没)


アルルで、精神病の大きな発作を起こして以来、


ファン・ゴッホは発作を繰り返すようになり、


南仏のサン・レミにある精神病院に入院して


治療することになった。


病名は、わからないが、


絵具を食べるようとしたり、


宗教的な幻覚、幻聴も経験したという。


発作の危険から、屋外で制作ができない時期もあった。


自然を前に描くことを望んだファン・ゴッホも


模写をしたり、想像で描いたりすることが増え、


作品の様相は一変する。


様式もアルル時代の原色に近い平坦な色面表現から、


力強く、荒々しいタッチによる表現に変わる。

『星月夜と糸杉のある道』1890年5月(サン・レミ)
(プロバンスの夜道)​


油彩 カンヴァス 92.0cmx73.0cm

オッテルロー「クレラー・ミュラー美術館」所蔵。


ファン・ゴッホを代表し、


彼の南仏滞在の最後を飾る作品のひとつである。


糸杉をはさむように配された星と月、


2人連れの男と彼らを乗せた馬車、


これらのモティーフは、


いったい何をあらわそうとしているのだろうか?


この問いを解く鍵はファン・ゴッホの手紙には見られない。


絵は、謎に包まれたまま一切の説明を拒み続けている。


1890年の春さくらサン=レミの病院で入院していた最後の数ヶ月間に


ファン・ゴッホが、描いたのは・・・

オリーブの木だけではありません!


糸杉も・・・

彼にはプロヴァンス地方を象徴する典型的なモティーフでした手書きハート


​「僕は、今も糸杉に虜にされている」​


と、彼は弟:テオに手紙でメールする伝えています。


「糸杉で、ひまわりのような絵が

 描けたらなぁと思っている。

 僕が心に描くような糸杉がまだ

 絵にできてないのは、

 僕自身まったく信じられないくらいだ。

 糸杉の美しい姿、

 エジプトのオベリスクのように見事な均整。

 あの独特な緑。

 明るい日差しの中では、

 黒々としているけれど、

 それはかえって魅力ある音を出す

 音符みたいなものだ。

 これをうまく絵にするのは難しい。

 これまで一番難しい。

 こいつはね、青をバックにというか、

 青そのものにドップリと

 浸して描かなきゃいけない。

 ここの自然を絵にするには、

 ここに長く住まなきゃいけない。

 まあ、これはどこでも同じなんだけどね。」


しかしこの作品は・・・


ファン・ゴッホが実際に


風景を見ながら描いたものではありません。


これはおそらくサン=レミの最後の記憶として、


プロバンスで見た様々な風景の印象を拠り所に、


一枚の絵としてまとめて構成したものです。


1890年6月17日 ​彼はゴーギャンに手紙を書いています。


「プロバンスにいた頃から考えていた

 頭の上に星を掲げた糸杉を描いている、

 これが最後の挑戦だ。

 爪のような形のぼんやりと

 輝きのない月が浮かんだ夜空(・・・)

 オレンジ色の灯火が窓から漏れている宿屋

 それからとても背の高い糸杉、

 まっすぐに伸びた真っ黒な糸杉だ。

(・・・)君が望むような、

 とてもロマンチックな雰囲気、

 でもすごくプロバンス風だとも

 もくは感じている。」


『刈る人のいる麦畑と太陽』1889年6月​

油彩 カンヴァス 72.0cmx92.0cm

オッテルロー「クレラー・ミュラー美術館」所蔵。


精神病治療のために入ったサン・レミの部屋から見た風景。


ゴッホは、外出が許されていなかった。


自室から燦々と照る太陽のもとで、


ひたすら麦を刈る上向き矢印労働者の姿が見える。


麦刈りは聖書にしばしば出てくる「人の死」のイメージ。


ほぼ同構図で3点の油彩が知られている。


花​​​ファン・ゴッホの言葉​​​花

「僕はこの刈る人のなかに

 炎熱のもと仕事をやり遂げようと

 悪魔のように戦っている

 朦朧とした人物のなかに

 人間は、彼が

 刈る麦みたいなものだという意味で、

 死のイメージを見たのだ。

 しかし、この死のなかには

 何ら悲しいものはなく、

 純金の光にあふれた太陽とともに

 明るい光のながことがおこなわれるのだ。

(・・・)これは自然という偉大な書物が

 われわれに語ってくれる死のイメージだが、

​​『ほとんど微笑みながら』という姿だ」


​​ファン・ゴッホに​とって「刈る人」とは・・・?


「自然という偉大な書物がわれわれに語ってくれる死のイメージ」であった。​


​​
(参考資料:東京美術、もっと知りたいゴッホより)
(参考資料:クレラー・ミュラー美術館日本語版より)
(写真撮影:ほしのきらり。)


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最終更新日  2021.01.27 00:10:09
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