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「きらりの旅日記」

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ほしのきらり。

2021.05.16
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カテゴリ:美術館・博物館
​​​​​マティス31歳頃に描いた画家として初期の作品です。別名が「奴隷」だったとは知りませんでしたほえー

赤ハート​​​男のモデル​(1900年​​​)赤ハート

Henri Matisse

Male Model c.1900

『男のモデル』1900年頃​

 別名​「奴隷」​


油彩 カンヴァス

ニューヨーク「近代美術館」MOMA所蔵。


人物画家としてののちの名声を考えると、


画歴の最初の10年間に、


男性であれ、女性であれ、


重要な裸体画の習作の数が


わずかしかないのは驚くべきことである。


彼が主要な人物画の習作に取りかかるには


1900年まで待たなければならない。


しかし、その時期になると、


裸体習作はすぐに支配的なものになった。


とりわけモニュメンタルな​《男のモデル》​


別名《奴隷》は・・・


彼の初期の作品の中でもっとも優れたものであり、


彫刻に対する初期の探求と密接に関係している。


実際、ブロンズの《奴隷》は、彫刻における姉妹作品である。


Henri Matisse

The Serf(1900-1904)

Bronze  ニューヨーク「近代美術館」MOMA所蔵。
​​​​​​​​​​​​​

この直接にピカソが体験する事になる


発展段階との表面的な類似を考えると・・・


これをマティスの『青の時代』と名付けてみたくなる。


もっとも、この2人の画家の意図は極端に対立している。


(また、当時2人は会ったこともなかった)ので、


マティスの作品をこの名で呼ぶことは、


厳しい条件付きでなければ誤解を招く。


奴隷を描いたこの絵画作品は、


文字どおりカンヴァス上の彫刻のようである。


同様なことは、あいまいな背景とは対立する、


青色、緑色、木褐色の、重苦しい色の部分にも当てはまる。


身体の面は一般に荒々しく、


空間と相交わる所も唐突である。


著しい対照を見せるのは、


鮮やかな色調だが暗いところのある室内と、


モデルの身体に当てられたハイライトとの間である。


この対象は・・・


マティスがのちにシチューキンの依頼で制作した下向き矢印


Henri Matisse

『ダンス(II)』1910年​

油彩 カンヴァス 260.0cmx391cm

サンクトペテルブルク「エルミタージュ美術館」所蔵。

​​​​​​​
​​『ダンス』1910年​​上向き矢印のような作品で達成することになる


色彩の効果を予言している。


​初期の『男のモデル』別名=奴隷では・・・​


そのような​厳しい色彩の並置は、


前進し後退する空間の面をともなった


身体の塊量の幻覚表現に対する


画家の強烈な関心によって、和らげられている。


1900年頃のこのような作品において、


マティスはピカソより一種の〈プロトーキュビスム〉に


接近しているように見えることを考えると興味深い。


〈青の時代〉のピカソの作品は・・・


構築的な塊量より、


表出的で感傷的な意匠を強調しているからである。


皮肉なことに、2人の画家は・・・


初期の画歴の発展において相互に対立する方向に進んでいた。


ピカソは、次第にずんぐりした人体のスタイルに向かい、


ついに《アヴィニヨンの娘たち》1907年

にピカソは、到達する。


​マティスは・・・​


装飾的アラベスクと響き合う色彩の対照との造形力を頼りに


次第に人体の内部の肉付けの方向に帰順してゆく。


マティスは・・・大胆な肉付けから、


《生きる喜び》1906年​​​​
のような
​​​​
1900年代半ばの作品に見られる平板な人体の構造へと、


発展することができた。


《生きる喜び》の制作においては・・・


スケッチにすら、淡い肌色の色調によって


はっきりした色による輪郭線を認めることができる。


この輪郭線は、明暗濃淡の境界、


フォーヴィスム風の想像上の陰影になるのである。


この傾向は、すでに、


《男のモデル》の肩と背のまわりにも認められる。


マティスは、この趣向の着想を、


1899年のペン素描、つまり


ドラクロワのレベッカの掠奪》1846年


珍しい模写で得ていたようである。


マティスは、この模写で、明るい光の当たる人物像を


黒インクの走り書きで厚く取り囲んだ。


ロマン派の巨匠の当時の構想に、


マティスはある効果を加味したわけである。


素描のこの効果が非常に驚くべきものだったので、


モローのアトリエの仲間の学生たちは、


この素描は(写真の現像の意味で)


“ネガティヴ”なコピーであると言って彼を非難した。


しかしながら、この発見は・・・


反キュビスム風のスタイルをもつ


人体表現への道を開く次の10年間の絵画制作において、


おおいに彼の役に立ったのである。


(参考資料:世界の巨匠MATISSEより)
(写真撮影:ほしのきらり。)

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最終更新日  2021.05.16 00:10:08
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