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「きらりの旅日記」

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プロフィール


ほしのきらり。

2021.09.20
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カテゴリ:美術館・博物館
​​​​​​​​​​​​​​​​​​今日は、私のお誕生日なのですが(●^ー^●)ふふふっ。。。。。今年もパーティーは自粛ですお誕生日

Pari Orsay


アンリ・ルソー​
Henri Rousseau

​1844年5月21日〜1910年9月2日(66歳没)

19世紀末〜20世紀初頭に自由な画法で制作。

フランス『素朴派』の代表的な画家。

パリ市の税関吏(ぜいかんり)​を務め​​​
​​

退職後に本格的に画家となる。


​【目に浮かぶ光景を描く】​


私は常に描く前に作品を見るのです。

・・・たとえそれが

非常に複雑なものであっても。

ただ、描いている間私は

それらの事物を見出すだけです。

それらは、私を驚かしたり、

大きな喜びを

引き起こしてくれたりします。[・・・]

『コメディ』紙インタビューより



『平和のしるしに共和国に敬意を表して訪れた列国の代表者たち』1907年

左端、赤い衣装をまとった自由の女神が、

列国の皇帝、大統領たちに

平和のしるしである

オリーヴの若枝を示し、分かち与えている。


1907年、第23回「アンデパンダン展」に

出品して大笑い大笑い大笑い失笑を浴びたが、


のちにルソーと親交を結ぶことになる

ヴィルヘルム・ウーデや、

ロベール・ドローネ、

アンデンゴ・ソフィッチ、

セルジュ・フェラ(本名:ジャステルブゾフ)らの

若い画家たちには、

感銘を与えたという。

画商:ヴォラールを経て

ピカソが購入し、

生涯手元に置いていた。


『平和のしるしに共和国に敬意を
 表して訪れた列国の代表者たち』


私が《人民の統一》

[『平和のしるしに共和国に敬意を
 表して訪れた列国の代表者たち』]

​を描いたとき、

人々は平和のしるしである

「フランス共和国」に

挨拶をしに来る諸外国の

代表者たちを見たのです。

その時は本当に、私は展覧会場を

出ることができませんでした。

それほど私に握手を求めに

やってくる人々が大勢いたのです。

彼らは私を取り囲み、

祝福してくれました。

どうしてかわかりますか?

それはちょうど

ハーグ国際会議の時だったからです。

私の方はそんなことは

思ってもいないことでした。

偶然の一致だったのです。

ああ!そのせいであらゆる国々から

私が受け取った手紙の数々といったら!

ベルギーから、ドイツから、ロシアから、

いたるところからなのです、

まったく!

『コメディア』紙のインテビューより

1907年、第23回アンデパンダン展のカタログには、

ルソーの出展作には、6点のうち、5点が

所有者からの貸し出しと記してあった。

つまり、展覧会に出す前に、

すでに買い手がついていたのです。



『詩人に霊感を与えるミューズ』

(第1バージョン)1909年

油彩 カンヴァス 146.0cmx97.ocm

スイス「バーゼル美術館」所蔵。

アポリネールがローランサンと親しくなったのは、

1908年初頭だったが・・・

1908年8月にルソーは、

二人の肖像画を構想している。


画家は・・・

モデルの目や鼻や口や手などを物差しで測り、

その大きさの比率をカンヴァスに移したという!!


「アンデパンダン展』での批評は、

​「ちっとも似てない!」​で一致したが、

似ていないなら・・・

どうしてこれが自分だと分かったのかという、

アポリネールの言葉がすべてを物語っているうっしっし


​【親愛なるアポリネールへ】​

​親愛なる詩人殿

明日水曜日、あなたが以前

おっしゃっていたご婦人を連れて

1時半にお茶を飲みに

いらっしゃる件については、

もちろんけっこうです。

土曜日の晩にいらっしゃっても

私はうれしいです。

いつもされているように、

美しい詩を朗読してください。

親愛なる握手をお受け取りください。

H.ルソー

1908年7月21日付、ギョーム・アポリネール宛手紙


土曜日の晩
 下矢印
ルソーが定期的に開いていた夜会のこと。


[・・・]お会いして、

あなたの肖像画について

お互い了解しておく

必要があると思います。


​来週半ばには

取りかかれるようにしたいのです。

それにはあなたの身長が、

どのくらいか知っておく

必要があるでしょう。

あなたの身長が測れるようにして

おかねばなりません。

作品の背景は、

リュクサンブール公園の

一角になるでしょう。

私たちは重要で美しい作品を

制作することができるでしょう。

ですから、もしこんどの

水曜日以前に来られるならば、

どうかすぐに

その来られる日を知らせて下さい。

[・・・]

1908年8月14日付、ギョーム・アポリネール宛手紙


親愛なる友

​ あなたの手紙にすぐに

返信できなかったことをお詫びします。

私は田舎で制作しており、

冬になってやっと

戻ってきたのです。

あなたの素敵な

カードも受け取りました。

心からお礼申し上げます。

あなたの肖像画についてですが

9月15日以降、

午前中あるいは

午後都合のよいときでけっこうです。

サロン・ドトーンヌに作品を送ってから

私は、娘のところに

何日か滞在しようと思います。

ですが、あなたから

いわれた日に戻ってくるつもりです。

あなたが戻ったならばすぐに、

私に一言おっしゃって下さい。

そうすればカンヴァスの

大きさ等々について話し合う

ことができるでしょう。

私はこの頃、

リュクサンブール公園に絵の

背景を写生しに行くことがあります。

美しく、私的な一角を見つけました。

私たちはごく内輪の芸術家たちの

素敵な夜会を設けました。

あなたには通知を出していたのですが、

それは10月に行われる予定の

次回の通知だったのです。

私はこれから「オーケストラ」

かかりっきりになるでしょう。

最後に、というのは私は

仕事をしなければならないからですが、

あなたの健康をお祈りします。

そしてよいご旅行を、

そして相変わらずの成功を。

 近いうちにお目にかかれますよう。

握手を送ります。

あなたの友

H・ルソー

1908年8月31日付、ギョー区・アポリネール宛手紙


サロン・ドトーンヌに作品を送ってから
   下矢印
実際には、この年のサロン・ドートンヌに作品は展示されていない。


私はこれから「オーケストラ」に
   下矢印
夜景では、ルソーが自宅で開いていた

音楽教室の生徒らによる演奏が披露された。


(参考資料:八坂書房、アンリ・ルソーより)
(写真撮影:ほしのきらり)



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最終更新日  2021.09.20 00:10:08
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