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「きらりの旅日記」

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プロフィール


ほしのきらり。

2021.09.27
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カテゴリ:美術館・博物館
​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​​アンリ・ルソーの謎は、伝説となり長く語り継ぐ事となりましたが、真実はどこにあったのか?ますます分からなくてなりましたわからん

Pari


パレットドワニエの思い出​パレット

(全文)​ギョーム・アポリネール ​​

​​一羽の小さな鳥が​​


天使の肩にとまり

​​彼等は栄誉を奏でる


​やさしいルソーの​


時はうつり

思い出も行ってしまう

波に揺れる船のように

そして悔いだけが心に残る


​しんせつなルソーよ​

君はこの天使

この鳥だ

君の栄誉を奏でる


彼等は手をつなぎ、共にかなしむ

彼等の墓で、震えているのはあの同じ花だ


君のいうとおり、彼女は美しい

だけど私には愛せない

私はここにとどまろう


こんなに綺麗に編んだ

真珠の花飾りで飾られた墓に

君にそれを見せてあげたい


あの美しいアメリカ女

男を狂わす

二、三週間のうちに

コルフーに立つだろう


私はまわる

気違いじみた灯台

私の灯台は

行ってしまう


足の傷を

君は見せた、血のにじんだ穴を

わたしたちがカンキナを飲んでいた時

ゲーテ街のバー マルキーズ諸島で

ある小春日和の朝


船乗りは出帆を待ち


彼等は沖を目指す

沖では波から体半分をのり眺める


私はまわる

気違いじみた灯台

私の船は

行ってしまう


あの恋が砕いた君の声の輝き

ハーモニーの美しい黒人霊歌で君を酔わせた


あの美しいアメリカ女

男を狂わせる

二、三週間のうちに

コルフーに立つだろう


君はゆっくりとした足どりで

パリを横切る

紫色のマフラーが、

そよ風に揺れる、

お母さんですか


私はまわる

気違いじみた灯台

私の船は

行ってしまう

彼女は美しいそうだ

ミシシッピーのそばで

だけど彼女をもっと美しく見せるのは

パリのモードだ


私はまわる

気違い染みた灯台

私の船は行ってしまう


彼は刻んだベンチの上に、

ポルト・ド・ドーフィンのそばの

弱愛した二つの名、

クレマンスとジョセフィヌを


そして二本のバラの蔓は

彼の心をはなれない

素晴らしきトリオ


彼はしょんべんくさい双子の娘に微笑んだ。

パヴェ・ド・ギャルドで

彼は子供たちのオーケストラを指揮する

マドモアゼル・マドレーヌ

ああマドモアゼル・マドレーヌ


他の娘たちもいる

この界隈には

やさしくて、しんせつな

そして彼女たちには恋人はいない


私はまわる

気違い染みた灯台

私の船は

行ってしまう
(参考資料:みすず書房、アンリ・ルソーより)​​

​アンリ・ルソー​
Henri Rousseau

​1844年5月21日〜1910年9月2日(66歳没)

19世紀末〜20世紀初頭に自由な画法で制作。

フランス『素朴派』の代表的な画家。

パリ市の税関吏(ぜいかんり)​​
​を務め、

退職後41歳で本格的に画家となる。

画家として認められたのは、

最晩年の数年であった。


​​パレットフランスを一度も出たことがなかった!​​パレット


ひとつ奇異な事実がある。

なんとルソーはその生前、

アトリエを訪問した記者に向かって、


​フランス国外へ一度も出たことがない​

旨を白状しているのである。


その記事とは・・・!?

批評家:アルセーヌ・アレクサンドル、

このルソー唯一のインタビューが発表されたのは、

1910年3月19日付の新聞『コメディア』であった。


「彼は、

 キャンバスの上に、


 原始林における

 動物たちの戦いを

 描いている最中だった。


 御承知の通り、

 これは彼がとくに

 得意としている光景だ。

 私は難なく、

 パリの植物園の温室より

 遠くへは旅行したことがない

 と彼に白状させた」


この記事が・・・

ウーデ以下のルソー研究者の眼にふれなかったのは、

不思議というほかはない。


それとも彼等は、

これを読みながらも、

伝説の呪縛にかかって事実を見逃してしまったのだろうか?


アンリ・セルティーも、

最初のこの記事には気が付かなかったらしい。

知っていれば、

ルソーのメキシコ遠征の嘘を証明するために、

あれほどの時間と精力を費やしはしなかっただろう。


それよりももっと不思議なのは・・・

アポリネール がこの記事を読んでいたことである。


それは、

『税関吏ルソー』の中に、

「のちに興味深い税関吏訪問記事を公にする

 アルセーヌ・アレクサンドル氏」

とあるので明らかだ。


このことは、アポリネール が、

ルソーの嘘を承知しながら、

同じ文章の中で、

あえてルソーのメキシコ遠征について

語ったということを意味する。


たしかに、よく読むならば・・・

アポリネール が、

ルソーのメキシコ遠征について語っているくだりは、

事実を信じる者の文章ではない。


メキシコ遠征のような強靭な体験を経ながら、

​「兵士たちには食べる権利のなかった

 果物のことしか思い出さない」​


というのは、

いかにもありえない話だからだ。


それにしてもなぜ!?

ルソーの名声が高くなるにつれて、

この伝説が、

事実を尻目にとてつもない成長をとげてしまったため、

生みの親の一人として、

もはや訂正できなくなったということか!?


あるいは彼も、

この噂の中にルソーの真実を見ていたからだろうか?


それとも

「贋救世主アンフィオン」の作者らしく、

退屈な真実より光彩ある嘘の方を好んだからだろうか!?


​​ルソーは一体なぜこんな嘘をついたのだろうか?​​​

いや、

ルソーにとって、

まるっきりの嘘だったとは思われない。


ルソーが、

アポリネール やピカソなど、

若い、才能豊かな、

今を時めく連中とつきあってゆく上で、

箔を付ける必要を感じていたのはたしかだけれども、


感の鋭い彼等が、

ルソーの作り話をそのまま信じたことは考えがたい。

​彼等が信じたのは・・・

ルソーもそれを信じていたからだ!​



この種の「嘘」は、

ルソーの一生を通じて、

至るところに見られる。

彼にあっては、

​強い願望は、往々事実に変ずるらしいのである。​

彼の願望が事実に変ずるのに、

これ以上のことは、

多分必要なかったであろう。


ゴーギャンにエリゼ宮で、

大統領が待っていると言われれば・・・

真に受けて出かけてゆくルソー、


彼をかつぐのが目的で変装して訪ねてきた仲間を、

最後まで本物の美術大臣だと信じ続けていたルソー、

天真で、だまされやすいルソーが、


こうしてアポリネールをはじめとする同時代人だけでなく、

後世の史家までもあざむくこととなった。


彼が見栄坊の法螺吹きという一面を

世間に対して持っていたことはたしかだが、


彼を、

素朴の仮面をかぶり、

だまされたふりをしながら、

かえって周囲をだましおおせた

したたか者扱いするのは間違っていよう。


だまされたのも、

だましたのも、

すべては、

虚実に確たるけじめのなかったルソー

という特異な性格に由来する事柄である。


​「夢もまたひとつの現実である」​

と言ったネルヴァにならい、

私たちはルソーに関し、

嘘もまたひとつの真実である、

と言うことができる。


(参考資料:新潮選書、アンリ・ルソー楽園の謎より)
(写真提供:ほしのきらり)



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最終更新日  2021.09.27 00:10:08
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