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「きらりの旅日記」

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ほしのきらり。

ほしのきらり。

2022.06.04
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カテゴリ:美術館・博物館
世界一有名が絵画といえば『モナ・リザ』です。モナ・リザの歴史は、案外知られていませんね手書きハート

レオナルド・ダ・ヴィンチ
​​Leonardo da Vinci​​
Vinci,1452-Amboise,1519

​​『モナ・リザ』(ラ・ジョコンダ​​)

1503年〜1507年

板に描かれた油彩

77.0cmx53.0cm

レオナルド・ダ・ヴィンチ
​Leonardo da Vinci​

1452年4月15日〜1519年5月2日(67歳没)

フィレンツェ共和国ヴィンチ村→フランス王国アンボワーズ

レオナルドの功績は、鏡文字・音楽・建築・料理・美学

数学・幾何学・生理学・組織学・解剖学・美術解剖学

人体解剖学・動物解剖学・植物解剖学・博物学・動物学

植物学・鉱物学・天文学・気象学・地質学・地理学・物理学

科学・工学・流体力学・水理学・空気力学・飛行力学

飛行機の安定・航空力学・航空工学・自動車工学・材料工学

土木工学・軍事工学・潜水服などの分野に顕著な業績を残す。

【代表作】

『モナ・リザ』『最後の晩餐』『ウィトルウィウス的人体図』


フランス語では、ラ・ジョコンダで〜す手書きハート


​1517年
、​

アントニオ・デ・ベアーティスが、

アラゴンの枢機卿と一緒に

フランスのレオナルドの画質を訪問したとき、

彼はそこで3点の絵。

すなわち

『洗礼者ヨハネ』


『聖アンナと聖母子』

そして、

『故ジュリアーノ・デ・メディチの懇望によって描かれた、
 さるフィレンツェの婦人』

の肖像画を目見た。


ジュリアーノといえば・・・

ローマで、

1513年から彼が死んだ1516年まで、

レオナルドの賞金パトロンであったことが思い出されるだろう。


パトロンと年代をめぐる

紛れもない喰い違いにもかかわらず、

この肖像画は・・・

1世代後にヴァザリーが記述した

​『モナ・リザ』​であると信じられている。


モデルを・・・

フィレンツェ人フランチェスコ・デル・ジョコンドの妻

紹介した最初の者は彼であり、


それに加えてヴァサリーは、

『モナ・リザ』が、1503年に着手され、

1507年に仕上げられたこと、


そしてそれがかつて

フランソワ1世に所蔵されていたことを示唆した。


​​​​王冠王が所有していたことは、ほぼ1世紀後、

すなわち1625年、

フォンテンブローで1点の婦人肖像画を見て目

彼女を​「ジョコンダとかいう人」​と認知した

カッシアーノ・ダル・ポッツァによって確認された。


『モナ・リザ』のその後の歴史は比較的単純である。


つまりそれは・・・

1805年まで王冠フランス王のコレクションにあり、

その年にパリのルーヴル美術館に入った。


『モナ・リザ』は・・・

信じ難い精妙さ、

透明さ、

輝きを覆い隠している

(ほこり)とニスの層で覆われている。

人は損傷を恐れて

敢えてこの肖像画を洗浄しようとはしないので、


われわれは赤外線写真によって、

レオナルドが賦与した原作の

筆致の明るさ、

肉づけの豊富さ、

光と影の精妙極まりない​諧調​、

そして、

顔の囲りに大気のヴェールの幻影を生み出している

模倣を許さぬ表面処理の概念を

かろうじてわずかに得られるだけである。


さらに赤外線写真は、

風景の真の性格を明らかにしている。


すなわちそこに見られる諸形態は、

肉眼で見えるような

硬くて重い不自然な噴出物ではない。


反対にそれは、

実際にかすみとなって蒸発する

微妙な沫(あわ)のような自然の要素なのである。


風景は・・・

画面右端で橋の形をとった

唯一の人間存在の証拠すら

痕跡化している神秘的な、

忘れ難い場所である。


(写真撮影:ほしのきらり)
​(参考文献:LEONARDO DA VINCI日本語版/美術出版社より)



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最終更新日  2022.06.04 17:10:51
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