2022.01.23

カンディンスキーが尊敬していた2人の人物・・・とは? Vassily Kandinsky 音楽に刺激を受ける! カンディンスキーは神智学の使徒でも人智学の使徒でもなかった!

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​​私は20世紀末を経験しましたが、カンディンスキーは19世紀末を経験しました!同じように神智学にのめり込む人が多かったのですねスマイル


4月なのに・・・雪ドイツにて

ワシリー・カンディンスキー
​Vassily Kandinsky​

​1866年12月4日〜1944年12月13日(78歳没)

ロシア出身の画家・理論家・美術評論家。

抽象絵画の創始者。

実は音楽愛好家であった。

ドイツ・フランスで活動し両国の国籍を得た。


カンディンスキーは・・・

ニーチェの哲学に感化され、

作曲家、著述家としてのワグナーを尊敬していた。


ふたりに共通していたのは、

19世紀的な唯物主義の否定と、

芸術的な調和についての

伝統的な考え方からの脱皮であった。


ふたりはそれぞれの専門分野で革命的な作品を創造した。

しかしながらふたりの間にはさらに興味深い、

正確に一致する共通点がある。


カンディンスキーの非具象的、

抽象的な新しい絵画の世界は、

シェーンベルクの無調性の、

不協和音的な新しい音楽に比較されるだけでなく、

彼らは共にそれぞれの芸術の基本的性格に

新たな独立性とより大きな意味をもたらしたのであった。

Vassily Kandinsky
​​​1866年-1944年
Gelb-Rot-Blau,1925[Jaune-rouge-bleu]

『黄・赤・青』1925年3月〜5月​

バウハウス時代のカンディンスキーが、

その形態を意識的に円、

三角形、長方形に、

またその色彩を原色に還元したように、


シェーンベルクはその新しい音楽において、

いわゆる「文法的様式」、

つまり十二に等分された半音階的半音による

いわゆる十二音音楽を展開したのである。


言うなれば主観性が客観性にとって代わられ、

自己規制された、

禁欲的とも言える程に

単純化された手段はふたりにとって、

彼らが自由の新しい形式であると主張した

彼らの理念の実現のための有力な武器となった。


画家としてのカンディンスキーの創作活動と

理論家としての研究活動を助長する上で

大きな刺激となったのが、

音楽における次のふたつの要素であった。


第一に、作曲家は対象なしに、

また物語的な要素をまじえることなく

芸術を想像できる点であり、


第二に、音楽には一定の和音の法則があり、

それはたとえ「客観的」なものではなくても、

少なくともその独自のよく鍛えられた方式に従って

実用にたえるものであった。


カンディンスキーは、確かに絵画のための

「ゼネラル・パス」の創造に参加し、


また彼の作品がしばしば・・・

「音楽的」と評されるのは事実としても、

彼が「音楽を描いた」のではないことは

声を大にしてことわっておく必要がある。


彼は決してクルリオーニスの後継者ではなかった。

このリトアニアの音楽家は・・・

音楽的なテーマを一見抽象的なパターンに

かなり単純に「書き換え」たが、


これはカンディンスキーの創造した抽象絵画とは

何の関係もないものである。


彼はまた

スクリアビンの『プロメテウス』に見られるような

音と色彩を系統的に対応させるやり方にも影響されなかった。


『芸術における精神的なもの』の中で

カンディンスキーは、色彩におけるそれとは

相対的に対応するに過ぎないことを強調しているのである。


彼にとって絵画は音楽と同様に、

形而上的なイメージを伝えるのに最も適した手段であった。


彼によれば心身にわたる「振動」を通じて、

定義はできないにしてもある種の「雰囲気」が醸し出され、

それによって見る人との精神的交流がはかられるはずであった。


カンディンスキーは物質主義を否定しただけでなく、

五感によって知覚される範囲を超えた世界の存在を信じており、

そのため催眠術、心霊術、

あるいは色彩療法などの非合理主義的な成果を是認した。


彼はこうした現象を、

より高次の世界を知覚するためのひとつの道として信じた。


ただ幸いにも彼は、

絵筆とカンヴァスによる代わりに

精神的な啓示によっても

絵画を創造しうるかもしれないことは、

単に理論的に主張しただけであった。
(1913年2月25日付のアーノルト・レンネベック宛の手紙)


彼はブラヴァツォキー夫人の神智学に関心を抱き、

また神智学的な思想ともかかわっていたが・・・


我々としてはこうした態度は、

19世紀末の多くのロシアの知識人に見られた

終末的な精神状態と、

救済におけるロシアの精神的使命に対する信念を

考慮しつつ理解すべきである。


神智学も人智学も

カンディンスキーの宗教的信念にとって代わることはなかったが、


ただこれらふたつのイデオロギーは、

非物質的な伝達形式と、合理的な理解力を超えた

精神的価値の存在の可能性を理解する上で

役にたちうるものであった。


最近発表されたいくつかの「解釈」とは対立するが、

カンディンスキーは、神智学の使徒でも

人智学の使徒でもなかったし、


彼の終末論理的な絵画の

イコノグラフィーにしてもブラヴァツォキーおよび

彼女の後継者たちの影響を伝々するだけで、


あるいはルドルフ・シュタイナーの著作の影響のみから

解明することはできないのである。


カンディンスキーは党派的な人間ではなかったし、

また実際『芸術における精神的なもの』の中で、

神智学について書きながら、

「完全無欠な処方や絶対に安全な手段」を

信じているわけではないと明言しているのである。

(参考文献:Kandinsky TEXT BY HANS K.ROETHEL
   IN COLLABORATION WITH JEAN K.BENJAMINより)

(写真撮影:ほしのきらり)

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最終更新日  2022.01.23 00:10:08
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