2014/10/13(月)17:16
知っているつもりでいた自分のことを 彼女たちは誰よりも知らなかった そんな二人の運命が交錯するとき…小説『茨の城(上下)』
みなさん、こんにちは。台風は幾分速度を遅くしたようですね。
さて、こちらはイギリスのミステリです。
荊の城
Fingersmith
サラ・ウォーターズ
訳中村有希
文庫版の上下巻は、本を持つ女性の手とスカートの一部が映っている。上巻ではただ本を読んでいるだけのように見えるが、下巻ではその中身を読者に向かって示している。また、上巻は装丁が施されている既刊本のように見えるが、下巻の本はともすればノートにも見える、まるで持っている本人が書いたかのように。そしてよく見るとスカートの色が異なっており、同一人物であるかどうかはわからない。本書の意図を巧みに汲んだ図柄である。
「あの頃は愛について、何でも知っているつもりだった。この世で知らないことなんて何もないと思っていた」
こう語るのは第一部の主人公、スウことスーザン。ロンドンの貧民街に育った掏摸(原題)。実の母親は家からすぐ見える絞首台で亡くなったと聞かされて育ち、育ての親に大切にされる。そんな彼女のもとに“紳士”という綽名の男が訪ねて来る。彼が裕福な女相続人と結婚し、その後彼女を病院送りにする手助けをしたら、手に入れた財産を分けてあげるし、女主人のものを何でもくすねて良い、という申し出だった。他人の人生も財産もすりとってしまう企みに乗ったスウは「ぼんやりしたお嬢さん」という紳士の話とは異なる印象を持つ令嬢に惹かれながらも、計画を進めていく。
さて、第二部の語り手はモードだ。スウとモードは、まるで合わせ鏡のように持っているもの、望むものが違っていた。同じだったのは、知っていると思っていた全てのことが、実は全く違っていること、そしてその事を最初は全く知らなかったということである。
病院送りになった母親の元から引き離され、書籍収集家の叔父に引き取られたモードは、物ごころつかないうちから彼の命令で、叔父の蔵書を上流階級の紳士達の前で読むよう命じられる。貴族の娘として厳しくしつけられたが、母の行状から召使達からも白い目で見られ、財産と自由は叔父に厳しく管理されている。百合の根に茨が絡みつくリリー家の紋章そのもののような暮らしをしていた彼女の前に“紳士”が現れ、ある計画を持ちかける。
さてここまで書くと、これからの展開に予想をつける方もいるだろう。だがその予想は外れている。本当の動かし手はあなたが考えているその人ではない。そして更に、欲から始まったことが愛に変わった時、その動かし手が考えていた筋書きすらあっけなく壊れてゆく。得たかったものを得ることばかり考えていた少女たちが、その代償として失うものがあることを知り、自らの無知を悟った時、どう生きてゆくのか。予想など放棄して、彼女達を運んでゆく運命に身を任せた方が楽しめそうだ。そうはいっても、物語のあちこちに伏線が顔を出しているので、ついあれこれと先を予測したくなってしまうのだが。
チャールズ・ディケンズファンの著者らしく、『大いなる遺産』『オリヴァ・ツイスト』へのオマージュが感じられるページターナー。
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