2020/02/03(月)00:00
ローズマリーが描く 真実のアーサー王とは~小説「落日の剣〈上下〉若き戦士の物語―真実のアーサー王の物語」
みなさん、こんばんは。最近地震が多くて心配です。
今日もサトクリフ作品を紹介します。
落日の剣上下 王の苦悩と悲劇 真実のアーサー王の物語
Sword at Sunset
ローズマリ・サトクリフ
原書房
人生は自分の手でつかみ取るもの。人から与えられるものではない。
このメッセージを絶えず送り続けたサトクリフが、アーサーを、なぜ主人公にしようと思ったのか?アーサーは、伝説の剣を岩から抜き取ったことで、周りから王と認められた、いわば与えられた人生を生きた人なのに。そんな疑問を抱いた私の前に現れたのは、熊を意味するアーサーのケルト名、アルトスという名を持つ若き武将。
「この人は?」
驚く私に、サトクリフは言う。
「彼こそが真実のアーサー。」と。
そう、ここに出てくるアーサー、いやアルトスは、長いマントを羽織り、
宮廷の奥深くに鎮座している穏やかな王ではない。
いつも戦の最前線で動き回っているエネルギッシュな男。
彼のためにならいつでも命を投げ出す男達に囲まれている男。
キリスト教的要素の強い聖杯の部分をごっそり抜いた分だけ、
サトクリフの本領発揮である戦場描写が多くなる。
楯に当たる剣の音。ずぶ、と剣が身体に刺さる音。
馬のいななき。読んでいるだけで、自分も戦場にいるみたいな気分に。
す、と風が。誰か通った?え?アルトス?うわぁ、かっこいい!
なあんて。
これじゃあサトクリフ・オリジナルで『アーサー王シリーズ』を書いていた時
さぞやお尻がムズムズした事でしょうね、レイディ・サトクリフ?
彼の伴侶たるギネヴィア役も、かなりイメージが違う。
深窓のお姫様では、もちろんない。勝ち気で奔放。長い冬で食料がなくなり、
救助を求めに行く前夜のアルトスのふところに、忍び込んでくる大胆
な娘、グレンフマラがその人。例えるならば、
『風と共に去りぬ』のレットとスカーレット、『嵐が丘』の
キャシーとヒースクリフのようなカップル。そしてランスロット
の役回りであるアルトスの親友、ベドウィルも、『アーサー王物語』
でいえば、トリスタンに近いイメージ。『風と共に去りぬ』で
いえばアシュレイ。アルトスが武張っている分、バランスを取ったのだろう。
アーサーの息子にして敵であるモルドレッド。本作での彼は、
メドラウトという名前である。
事もあろうに、アルトスとグレンフマラの愛児の葬式に初登場、という
今後の運命を予感させるような不吉な登場をする。
野望の大きさ、したたかさにおいて、モルドレッドに優る所多し。
そしてまた、『ともしびをかかげて』の懐かしい人々も友情出演で顔を出す。
そういえば、『ともしびをかかげて』のアンブロシウスも、本作では
やがて訪れる死を待たないで、自ら大鹿に向ってゆく。
長い冬を耐え忍ぶ中で、自らの命を犠牲にして
救助を求めていくレヴィンも、自らの伴侶を決めたグレンフマラも、
運命に立ち向かい、自らの手で自分の人生をつかみ取ろうとする。
アルトスと同じように。
大筋は『アーサー王伝説』と変わらないのに、まるっきり印象が違う
のは、もしかしたら、そんな力強く前進する人々の生きざまと
関係があるのかもしれない。
語り部サトクリフの力量のほどを、再認識させられた一冊である。
落日の剣 上 若き戦士の物語 真実のアーサー王の物語 [ ローズマリ・サトクリフ ]落日の剣 下 王の苦悩と悲劇 真実のアーサー王の物語 [ ローズマリ・サトクリフ ]楽天ブックス