2023/11/26(日)00:00
火事で片方なくしたスウェーディッシュ・ブーツが 再び一そろいになるまで 小説「スウェーディッシュ・ブーツ」
みなさんこんばんは。25日の最高気温は北海道から北陸を中心に今シーズンこれまでで一番低くなっています。ヘニング・マンケルの未訳本も少なくなってきました。
スウェーディッシュ・ブーツ
Svwnska Gummistrovlar
ヘニング・マンケル
東京創元社
「およそ一年前の秋の夜、家が全焼した」
という文章で始まる。ヴァランダーシリーズで知られるマンケルなのだから、当然この火事は放火であり、犯人捜しが始まると想像できる。しかし主人公フレデリック・ヴェリーンは元医師で70歳だ。捜査権限がなく、自身に降りかかった災難だとしても、おいそれと動けない。それどころか、放火の疑いをかけられ被疑者になってしまう。ところがその後、周囲の島でも放火らしき火事が連続して発生する。
本編はマンケルが58歳の時に書いた『イタリアン・シューズ』の続編である。『イタリアン・シューズ』の時66歳だったヴェリーンは70歳。主人公が捜査しないので、放火事件の真相究明のテンポは遅い。メインとなるのは、全てをなくして感じる老いと孤独への恐怖、過去の回想、前作で突如存在がわかった娘ルイースとの関係、放火事件を取材にきた地方新聞の記者リーサ・モディーンとの関係である。
小島で世捨て人同然の暮らしをしていたヴェリーンを社会に引き出すのは、リーサとルイース、若き女性二人である。事件を取材したリーサを通じて自身がどう見られているかを実感し、パリにまで行くことになったルイースを通じて、世界で問題になっている難民と直に接する。
娘とのぎくしゃくした関係はヴァランダーシリーズでもおなじみだった。後者については
「私は俄然元気になり、この女性に対して激しい愛情が湧き上がった」
「突然湧き上がった激しい感情。我々老人にはもうこれしかないのだ」
と明らかに恋心を抱いている。リーサもヴェリーンの感情に気づくが、彼女は30歳ほども年下で、はっきりと恋愛対象ではないと言われてしまう。時に滑稽にも見える行動を繰り返すヴェリーンのリーサへの想いは
「年取った人間には時間がない」
とあるように、老いへの抵抗も多分に影響している。しかし様々な葛藤を経て
「これからどうやってこの突然の痛み、この哀しみに耐えることができるのだろうという思いに襲われた。人生をやり直すには私は年を取過ぎている。未來は?空っぽだ。」
と呆然自失状態だったヴェリーンは
「私はもはや暗闇を怖れてはいない」
という境地に達する。暗闇=死である。ヴェリーンは冒頭の火事でスウェーディッシュ・ブーツ=長靴を片方なくし、注文するがサイズが合わなかったりしてなかなか揃わない。やっと届いた所で幕。靴が揃う→歩ける→ヴェリーンに安定が戻る、の比喩。
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