2024/10/16(水)00:00
躍進する虹の国 衰退する家族 小説「約束」
みなさんこんばんは。どらえもんの声で知られる大山のぶ代さんが亡くなりましたね。今日は南アフリカを舞台にした小説を紹介します。
約束
The Promise
デイモン・ガルガット
早川書房
同じタイトルでも、フリードリヒ・デュレンマットの『約束』は、刑事が被害者の母親に必ず犯人を挙げて見せると約束し、命を賭けてその約束を果たす、シリアスかつハードボイルドな内容だった。しかし本作は、そのいずれでもない。
『約束』を果たそうとする意志を持つ者はいる。しかし命を賭ける必死さはない。また、それぞれの章タイトルは登場人物の一人一人である。普通章タイトルに冠されるのは、その章のメインキャラとして脚光を浴びる。それはその通りなのだが、ちっとも喜ばしくない脚光である。
南アフリカ共和国の歴史を横糸、プレトリアで農場を営むスワート家の歴史を縦糸に描く。一家の子供たちの名前は、アントン、アストリッド、アモールと、全てアから始まる。一家の母親は、死ぬ前にカソリックからユダヤ教に改宗したため、夫と同じ墓に入れない。母親は亡くなる前に、献身的に世話をしてくれたメイドのサロメに、家を譲ると告げる。これが本編の“約束”である。
母親の死後、次女だけが父がメイドのサロメとした約束【家をやる】を覚えていたが、他の家族は全く気にかけない。そもそもその当時、黒人は土地も財産も所有できず、母親は深く考えず、また内容を詰めることもせずに、無責任に亡くなった。その後40年にわたり、イベントで家族が集まる度にこの話は蒸し返されるが、一向に果たされないままだ。国としては、獄中のネルソン・マンデラが大統領になり、ワールドカップで混合チームが優勝するなど、武力衝突なしに、虹の国へと変貌を遂げていく。国際舞台からもやっと認められ、躍進の時である。しかしスワート家はその流れに乗ることができず、作家になる夢を抱くアントンも、一時美貌をほめそやされたアモールも、さしたる実績を残すことなく日々が過ぎていく。アントンの妻と怪しい関係になるヨガ教師や、ついうっかり告解内容をばらしてしまう牧師など、主役脇役含め(容赦なく?)ユーモラスに神視点で描かれている。ブッカー賞受賞作にしては、うねうね度は少なく、さくさく読めた。
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