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最終章 ピーチ


最終章 ピーチ


 チリンチリン!
 どこからともなく自転車のベルの音が聞こえてくる。
 ピーチは反射的に自転車のハンドルを切った。いや、ハンドルなんか握ってない。ここは…そうだ。ここは寝袋の中だ。
「ピーチ!起きてる?ピーチったら!」
どうやらサチのようだ。
 ピーチはゆっくりと目を開けた。
 確かに目の前には見慣れた顔の少女がいて、こちらを覗き込んでいる。
「今日は寝坊かしら?昨日は遅かったの?帰りに寄ったけどまだ帰ってきていないみたいだったから」
「う…ん。少しね。ごめんね。お弁当箱、返す約束だったよね」
やっと少しだけ頭が回りだしてきた。
「大丈夫よ。別のあるから。それより、着替えもって来たよ」
丸二日間、自転車で走り回った服は借りた時の姿には申し訳ないほど汚れていた。
「ごめーん。こんなに汚しちゃった。本当に洗わなくていいの?」
「いいって言ったでしょ。あそこのトイレで着替えておいでよ」

 サチはピーチの汚れきった服と食べ終わって洗ってもいない弁当箱を持って早朝練習へと向かった。しばらく休んでいた学校はちょっと入りにくかったけど、部の仲間やユキコが優しく接してくれて、それほど居心地の悪さは感じなかったらしい。むしろ表情を見る限り、楽しくてしょうがないという方が合っている気がした。
 ピーチはサチがお昼に。と言って置いていったお弁当を朝食として食べ始めた。実は昨日の夕飯は疲れのあまり面倒で食べずに寝たのだった。
 まだ少し温かいサチのお弁当はとてもおいしかった。

「おねえさん!」
 聞き慣れない声にピーチはふと振り返った。
 そこにはランドセルを背負ったモトヤが立っていた。何度か見たがランドセル姿は初めてだった。それともうひとつ初めてのものがそこにはあった。少年の笑顔だ。
「モトヤ君!おはよう!どうしたの?こんなに早く」
少しにやけながらモトヤは言った。
「お姉ちゃんにお礼が言いたくてさ」
「えっ?お礼?」
「お父さんとお母さんが離婚しなくなったんだ。僕、とっても嬉しくて。お姉ちゃんが想いを届けてくれたんでしょ?」
「ホント!?」
 ピーチは一気に目が覚めた。
 昨日は神様への想いをモトヤの両親に届けるという反則技を使ってまで奔走したが、結局、結果が分からないうちに力つきて、クタクタになりながらここへ帰ってきたのだった。
「昨日、お父さんとお母さんが帰ってきて話し合ったんだ。今まで話すのも嫌だって言ってたのに急にどうしたのかと思ったら、僕の気持ちが通じたんだよって、言ってくれたんだ。これっておねえちゃんのおかげなんだよね?」
「さぁ…。どうだろうね」
 ピーチは「そうだよ!私頑張ったもん」って言いたかったが、何となく口には出せなかった。それは自分に対する負い目があったからかも知れない。だけど、モトヤが笑顔で知らせにきてくれただけで今はそんなことどうでもよくなっていた。
「あはは。わかってるって。でもおねえちゃんがそう言うならそれでもいいや。じゃ、僕、学校に行ってくるね。またね」
モトヤはランドセルを揺らしながら駆けていった。
「いってらっしゃーい」
ピーチが見送ろうと立ち上がると、公園の出入り口付近までいってたモトヤが引き返してきた。
「そうだ、おねえちゃん。これ受け取ってよ」
モトヤはランドセルの中から何かを取り出した。
「なに?これ?」
「モンクエエイトのソフトだよ」
「モンケイト?ソフト?」
ピーチには聞き慣れない言葉が飛び出した。
「モンスタークエストだよ。知らないの?」
「聞いたこともない」
ピーチは首を横に振った。
「これ見て…」
モトヤはランドセルの中から小さなテレビを出した。
「これ、ポータブルボーイっていう携帯ゲーム機。これでこのモンスタークエストエイトが遊べる」
モトヤはポータブルボーイとモンスタークエストエイトをピーチの前に並べていった。
「おととい、おばあちゃんがどういうわけか突然、それを買ってきてくれたんだ。だけど、それってもう半年くらい前に発売されたゲームだから、その頃は僕も欲しかったけど、友達に借りてもうクリアしちゃったんだよね。だからいらないんだ」
「それを私に?」
ピーチは改めて聞いた。
「うん。古いからいらない?」
「とんでもない。すごく欲しいし、すごく嬉しい」
「よかった」
 モトヤは更に満面の笑顔になった。昨日までのモトヤからは、あのナマイキなガキンチョからはそうぞうできないくらいの…。

 モトヤは学校へ行った。ピーチの手にモンクエエイトを残して。でも、ポータブルボーイは置いていかなかった。
「これだけじゃ遊べないってことじゃなかったっけ?」
「そうじゃな。」
わっ!突然現れたのは神様だった。今日は全身真っ白なスーツ姿だった。
「びっくりした。とつぜんあらわれて…」
驚くピーチとは関係なさそうに神様はピーチの顔を眺めていった。
「満足したようじゃな」
「えっ!?」
確かに、翼をなくした後の一連の仕事はとても満足感があった。
「神様、私、今回大活躍だったでしょ?」
「そうじゃな。立派なもんじゃったぞ」
「でもあそこで、神様が協力してくれなかったらだめだったかもしれない」
「ふむふむ…。わかっておるようじゃのう」
「神様もいいところあるんだね」
「当たり前じゃ!ワシャ神様じゃぞ」
「あはっ。じゃあ、神様。翼、くれない…?」
ちょっと控えめに言ってみた。
「だめじゃ。ノーカウントだと言ったろ」
「んー!ケチ!」
神様はホッホッホと笑ってる。
「じゃあ、ポータブルボーイない?」
「あるぞ。ワシのを貸してやろう」
神様はピカピカの金色のポータブルボーイをピーチに手渡した。
「神仕様じゃ」
豪華というより、悪趣味と、ピーチは思ったが、口には出さなかった。
「神様、あとひとつ」
「なんじゃ?」
「テントを…」
台詞を言うか言わないかのうちに神様は姿を消していた。
「なんでー?なんでテントはだめなのーっ?」
 ……………………
返事はなかった。しかし、しばらくして、
ドスッ。
後ろの方で何かが落ちてくる音がした。もしかしたらテント?振り返ると、

天     恵
-GOD BLESS-
MADE IN HEAVN

と書かれた例のダンボールがひとつ。折りたたみのテントなら充分入る大きさだ。
 ピーチは急いで中身を確認した。
「…なに?コレ…」
ピーチは愕然とした。箱の中身は大量のレトルトカレーだった。
「つくづく、何のコダワリがあるのかわからない神様なのよね…」

 ピーチの物語はこれで終わった訳ではありません。人間が想いを抱き続ける限り、天使たちはその想いを届けに今日も飛び回っているのです。
 もしかしたら、あなたのすぐ近くにもいるかもしれません。
 空色の自転車に乗って疾走している女の子を見たことがありませんか?そのコがきっとピーチですよ。


おわり





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