走れよ、メロス!最終話走れよ、メロス! 最終話 さく utty [これまでのあらすじ] オッス、俺、メロス。悪いけどバックナンバーを見てくれ。 「はあ~っ・・・」 最初は少ししみたが、少したつととても気持ち良かった。 メロスはあまりに気持ちいいので、桶に足を入れたまま、横になると、よほど疲れていたのか、そのまま寝入ってしまった。 やがて、メロスは、日差しの強さで目を覚ました。 気がつくと太陽はもうすっかり上っていた。 約束の時間は正午だった。 「まずい!寝過ごした!」 メロスは靴に足を突っ込み、つま先でトントン、トントン、とやりながら走り出した。 メロスが去ったあとには桶だけがポツンと残されていた。そのゆらゆらと揺れる水面は昼の日の光を反射させ、宝石を散りばめたように、キラキラと輝いているのだった。 イカロスとレストランの店主は、外に出てメロスの到着を待っていた。 「あと5分ほどで正午だ」 店主は言った。 イカロスは無言のままうなずき、もう一度メロスが現れるであろう方向に目をやった。 「来たっ!」 イカロスが声を上げた。 結局、メロスは、ギリギリながら正午までに戻ってくることができた。 「イカロス!遅れてすまなかった!」 メロスは真っ先にこの言葉を口にした。 「確かに遅かったが、遅れてきたわけじゃない。ちゃんと正午に間に合ったじゃないか」 イカロスはメロスの肩を抱きながら言った。 「いいや、本当ならもっと早く着くことができたんだ」 メロスはイカロスと向き合うようにして言った。 「それはどう言う意味だい?」 イカロスの問いかけに、メロスは意を決してこう言った。 「イカロス!!たのむ、理由を聞く前に俺を殴ってくれ!」 イカロスにしてみればとんでもない事だった。自分のために走り続けた親友を、理由もわからず殴ることなんて出来なかった。 「理由もわからず、親友を殴れるか」 「・・・わかった。理由を言ったら殴れるのか?」 「・・・納得できる理由なら・・・」 イカロスは力強くうなずいた。 「よし。・・・いや、待て、やっぱりこうしよう。理由を聞いても君が、殴れないなんて言い出したら困る。だからまず、殴ってくれ、理由はそのあとに必ず言う」 イカロスは困った顔をしたが、次の一言で決まった。 「殴ってくれって言ってるんだから、殴れば」 第三者、レストランの店主である。 イカロスはしばらく自分の拳を見つめてからこう言った。 「手加減はナシだからな」 「もちろんさ、ガツンとこい」 と、メロスが言うとすぐにイカロスの一撃が・・・ ガツン!! メロスの体は2~3m吹っ飛んだ。同時に、赤いものもほとばしった。 メロスは地べたに座り込んだまま言った。 「あいかわらずイカロスの一撃は効くなぁ・・・シロートとは思えないよ」 メロスは口の横の血を拭いながら話し始めた。 「・・・というわけで、俺はほんの少しとはいえ、君の事を忘れていたし、いまだって寝過ごすとこだったんだ」 メロスは、家での事、寝入ってしまったことを正直にイカロスに話した。 「メロス・・・それなら俺にも言わなくちゃならないことがある」 「えっ?」 イカロスの口から出た思わぬ一言にメロスは驚きをあらわにした。 「実は俺・・・ずっと退屈で仕方がなかったんだ。何もしない時って、時間が経つのがすごく遅く感じるだろ?人を待ってる時なんて特にだ・・・だから・・・俺・・・この店主の誘いにのってさ、店の皿洗いでも何でもしてさっさと帰ろうかとも思ったんだ・・・いや、だけど、皿洗いは結局しなかったんだけど・・・」 「ならどってことないだろ?」 イカロスの、何だかわかりにくい言い方に、メロスがたまらずこういった。 「だけど、掃除はやったんだよな。きれいになったぜ、物置部屋」 と、またも口をはさむ店主。 「いや・・・それは・・・別にメロスに対する裏切り行為とか、そんなのには全く関係なくて・・・」 イカロスは慌ててとりつくろいながら、ふとメロスのほうに目をやった。 「・・・それは、裏切り行為って言うんじゃないのかな」 メロスはすでに拳を握りしめ、立っていた。 イカロスはメロスの拳を見て、あきらめたのかこう言った。 「・・・手加減してくれよ」 「ああ、カルークな・・・昇龍覇―っ!!」 ドゴーン!! イカロスは、赤いものと白いものを飛ばしながら、カルーク吹っ飛んで行った。 「スゲーッ!!ん?」 店主はセイントの技の派手さに驚いた。そして目の前に転がってきた白い物に目をやった。 「何だろ、これ・・・」 店主はそれを拾い、よく見てみた。 「はっ、歯だーっ!こえぇーっ!」 店主はメロスの技の恐ろしさに、ひとまず展開を変えることにした。 「さっ、お互いもう気が済んだろ。さっさと金を払って帰ってくれ」 店主は、気を失っているイカロスを起こしながら言った。 「・・・それなら・・・もって帰る物があるんだ・・・あの物置部屋に」 イカロスが首を左右に振りながらそう言った。あれだけの一撃を食らって、よくすぐに起きられるものだ。 「じゃあ、あんたはそれを取ってくるといい。私はこの人からお代を貰っているから」 店主はそう言うと、メロスとともに店へ入っていった。 イカロスは何とか立ち上がると、あの物置部屋へ向かった。 で、イカロスが持って帰りたかったのは、これだ。 店の残りカスのろうそくで昨日食べた料理そっくりに作ったろう細工だ。今日の日の思い出にと、昨晩作っていたのだ。ろう職人の技術をフルに用いて作った傑作だ。我ながら本物と見間違えそうになる程だった。 イカロスがあらためて、自らの作品を眺めていると、突然、部屋のドアが開いた。 「あれっ?メロスどうしたの?」 そこにはメロスと店主が立っていた。 よく見るとメロスは片目をつむって、首を斜めに曲げていた。 「メロス!!まさか!?」 イカロスはまた嫌な予感がした。 「いや、財布はちゃんと持ってきたんだよ。中身も・・・」 と、途中でせりふは途切れる。 「まったく、冗談じゃない。あれっぽっちの金でうちで飯が食えると思っていたのかい?うちはアテネでいちばんの三ツ星レストランだよ、まあ差額分はみっちり働いてもらうよ」 「そんなー」 と言うイカロス。 「すまん・・・」 と、一応謝るメロス。 「ん?」 と、店主が何かに気づいた。 「お前さん、その料理、どうしたんだい?まさか・・・勝手に持ってきたんじゃないだろうね」 店主がイカロスの料理に気づいた。 「いえ、違います。これは俺が作ったろう細工です」 イカロスはそう言いながら料理をひとつ差し出した。 「まさか・・・本当だ。ろうでできている。そうか、あのろうそくカスで作ったのか・・・これは・・・」 店主はイカロスの料理を指で触れてみて絶句した。 「これは・・・どうなんです?」 メロスが尋ねた。 「これは・・・これはすごいぞ!」 店主が叫んだ。 「外食業会に革命が起きるぞ!」 店主はイカロスが持っていたほかの料理ももぎ取って言った。 「カクメイ?」 取られたほうのイカロスは何だかわからず呆然としている。 「どういうことなんですか?」 メロスが尋ねた。 外食業界では初めての客や、初めて出す料理のイメージを客に伝えることがとても難しく、これまでも問題になっていたという。そこで、このろう細工の料理をディスプレイとして店頭に展示したら、この本物のような質感ならその問題は間違いなく解決し、それを商売にしたら間違いなく大当たりするという。 「どうだ、このアイディアを私に売ってくれんか?」 「じゃあ、昨日の代金はチャラと?」 「もちろんさ。しかも注文はそちらの方へ送るから、アイディア代以外はきちんと払う」 「なるほど。それならこっちも損しない・・・」 メロスが呟いた。だが、イカロスはいまだによくわかってないようだ。 「こりゃ、ビッグビジネスになるぞ!!」 店主は店の仲間に見せると言って、イカロスのろう細工の料理を持って部屋を飛び出した。 で、メロスはしばらくかかったものの、イカロスに事の次第を説明した。 「・・・なるほど!じゃあ俺はじゃんじゃんあれを作ればいいんだね」 「そーいうこと。これで親方も喜ぶぜ」 数日後、イカロスは親方を連れてもう一度アテネを訪れることになる。もちろん、商売の契約のためだ。 以来、イカロスは仕事が忙しくなり、変な空想をして、屋根から落ちて怪我をするということもなくなったという。 一方、そのろう細工だが、確かに外食業界へは大きな衝撃を与えた。が、結局、高級レストランには置かれることはなく、あの店主も高級レストランの路線から、良心的な値段で食べられる、ファミレスチェーンの社長へと路線変更したという。 でもって、メロスの方は相変わらず軍人のままだが、家に来る妹のボーイフレンドにはことごとくいちゃもんをつけて追い出すということを続けているらしい。 だけど、問題の物忘れのひどさは・・・ 「やっべー!」 メロスは片目をつむって首を斜に曲げながらそう言うと、 「忘れた-!!」 といいながら駆け出した。 ・・・相変わらずで、今日も東奔西走しているという顛末である。
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