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カリスマサプリメント

これはアワブロ創刊号用に書いたものです。


お題は、未来、挨拶、世界、小魚パワー、キムチ、湯煙慕情、見えないもの、渇望、カツ丼、オニオンリング、なべ、目じりのしわ、絆、くさったみかんです。
いくつか難易度が高いのがあるんですけど。

タイトル「カリスマサプリメント」

 流行の移り変わりなんてはやいものだ。
 俺だって去年の今頃はテレビに出たりもしていたんだ。大盛カツ丼・弁当ってコンビで。レギュラーも週3本もあったんだ。出待ちのコだって10人や20人はいたんだ、プレゼントなんか持ってさ。まぁ、ロクなもん無いんだけど。
それでも、印象に残ってるコはいたなぁ。そうそう、キムチなんか持ってきたコいたよ。ライブ中ずっと変な匂いすると思ったらそのキムチだった。あと、変な薬持ってきたコいたっけ。「人気者になれる薬」とかって、薬局では手に入らないとかいってたけど、そんな怪しい薬、もらったって使うわけないよな。

 「おはよーございまーす!」
目じりのしわのギャグでブレイクして、今、人気、実力ともに若手ナンバーワンと言われてるコンビ、小魚パワーズが楽屋に入ってきた。挨拶はいいんだよな、こいつら。でも知ってるぜ、俺のことバカにしてるだろ。相方が失踪してもいまだにピンでやってる、俺のことをバカにしてるんだろ?
 「カツ丼兄さん、元気なさそうですね」
今話し掛けてきたのが湯煙慕情っていう奴らだ。俺と同じ事務所の2期後輩のコンビだ。小魚パワーズとは事務所は違うが同期になる。こいつらも今ものすごく売れている。くさったみかんのコント以外は大した面白いネタもないくせに、どういうわけか最近突然売れ出した。それでもテングにならないこいつらには俺も好感を持ってる。
 今日のライブの共演者はこのふた組と最近ピンで出始めてきたなべちゃんと言う覆面芸人だった。なべちゃんに関しては楽屋でも常に覆面を被っていてその素顔は誰も知らなかった。俺の昔の相方に似てちょっと間が悪いが、芸風は割と好きだった。
「おお。湯煙。あとで大喜利やる時にあのギャグやるから、ちゃんとリアクションしてくれよ」
「あのギャグ?みらーい、予想図!ってやつですか?」
「そうそう。俺の唯一のもちギャグだからな。ツー!!の時もちゃんとやってくれよ」
「もうあれ、古いんとちゃいまっか?」
口をはさんできたのは小魚パワーズのボケのジャコだった。
「なんだと!ジャコ…」
俺は一瞬キレそうになったが、抑えた。この世界は実力勝負、先輩ヅラして偉そうにするのは簡単だが、売れてるやつのいう事の方が正しい気もする。
「ジャコ、お前はもういいから、メザシ、あっちに連れてけ」
ここは湯煙がジャコを相方のメザシに連れていかせ治めた。そして、静かに俺に話しはじめた。
 あの薬の話を。
「兄さん、俺らが何故突然売れだしたかって、気になりませんか?」
なんだ?どこぞのプロデューサーに気に入られたとかって話しか?俺はそんなやつに媚売ってまで売れようとは思わんぞ。
「あ、あ…、少しはな」
「じつは、ある薬のお陰なんです……」
薬!ヤバい薬か?そんな話、するなよな。
と、俺は思った。そう、いつかファンのコが持ってきた薬の事なんてその時は頭の中にはなかった。
「兄さん、飲むだけで人気者になれる薬って、聞いた事あります?」
「なんだそりゃ?ヤバい薬の一種じゃないのか?」
「違いますよ。カリスマサプリメントといって、違法なものじゃないんです」
「お前らはそれを飲んで人気が出たって言うのか?」
湯煙と、慕情は同時に小さくうなずいた。
「そんなバカな話、信じられるかよ」
当然の反応だろ?だが、この後もっと信じられない事が起こったんだ。
「俺たちも信じられなかったんですよ。でも、売れなくて解散を考えていた時、慕情がどこかから手に入れてきたこの薬をわらにもすがる思いで飲んだら、突然ウケ始めて…」
「俺たちにそんなに実力がないのはわかってるんです。でも、薬のせいだなんて信じたくないじゃないですか?」
「そこで、兄さん、この薬、飲んでみてくれませんか?」
 思いもよらぬ展開だった。だが、こんな薬を飲むだけで人気が出るなら簡単なもんだ。それに、こいつらがこんなアヤシイ薬を飲むまで追い詰められていた事情が俺にはよくわかるのだ。俺はまさに今、まったく同じ状況だったのだ。
「わかった。飲んでみよう」

 その日のライブはいつになく盛り上がった。未来予想図のギャグも数カ月ぶりに大ウケしたし、流れの中で新たにオニオ~ンリング!というギャグまでうまれた。芸人をやってきてこれほどウケたことは初めてだったかも知れない。
 この日から、俺の芸人人生は変わった。
俺と、湯煙慕情の二人はカリスマサプリメントの効果を確信し、この事は三人だけの秘密にする事にした。薬は慕情がどこかから仕入れてくるのだが、その仕入れ先はかたくなに俺には明かさなかった。そこは不満だったが、薬が確実に手に入るのならば、それでもよかった。
薬の効果は絶大だった。ほどなくして、テレビのレギュラーが決まった。俺はプレッシャーから薬の飲む量を増やした。最初の2錠から倍の4錠へ。薬の量が倍になったからって笑いの量が倍になる事はなかったのだが、飲まずにはいられなくなっていた。
半年後、レギュラーは週に4本になっていた。次のクールから芸人の夢、冠番組が始まる事も決まった。薬の量も一日に8錠になっていた。同時に湯煙慕情も売れてきて、俺とのスケジュールがあわなくなり、俺は薬をまとめて買うようになっていた。
 そんなある日の事だった、意外な人物が俺の前に姿をあらわした。
「カツ丼さん。いいですか?」
それは、覆面芸人なべちゃんだった。
 何度か共演はしていたものの、話をするのは初めてだった。
「めずらしいね、なべちゃんが話し掛けてくるなんて」
「そうですね。最近はあんまり話してませんよね」
最近?もともと話なんてした事なかったろ?そういえば、俺も最近は忙しいからな、最近はゆっくり若手と話する事はなかったかもな。
「聞きましたか?小魚パワーズのはなし」
「ああ。ボケのジャコがファンに刺されて死んだんだろ?あいつら生意気だったからな。いいきみだぜ」
「…次は湯煙慕情が…死にますよ…」
俺は耳を疑った。何を言うんだこいつ。
「は?なに?ふざけたこと言うなよ」
「この世界がこんな恐ろしい所とは思わなかった。俺、もうやめるよ」
なべちゃんはおもむろにその覆面をとった。
「お、お前は、弁ちゃん!」
なべちゃんの正体はかつての俺の相方、大盛弁当こと、川奈勉三だった。かわなの「な」とべんぞうの「べ」でなべちゃんなのだという。
 なべちゃんこと、弁ちゃんはすべてを俺に話してくれた。
 かつてファンのコからカリスマサプリメントを貰ったこと、それを独り占めする為に俺の前から姿を消したこと、大量に手に入れるルートを得て、若手に売りつけていたこと、小魚パワーズもあの薬を使っていたこと。湯煙慕情もあの薬も使っていたこと。湯煙慕情のあの薬の使用量が異常に増えていたこと。あの薬は1日2錠以上飲むと命に関わる危険な薬だということ、小魚パワーズのジャコは死ぬ直前にあの薬を1日5錠も飲んでいたこと……
「えっ?」

 その日、俺は出待ちをしていたコにまぎれていた、小魚パワーズのメザシに刺されて死んだ。
 メザシは俺がジャコの死をいい気味だと言ったのを聞いていたらしい。コンビの絆ってやつか?
 弁ちゃんは俺の葬式でこんなこと言ってたっけ。
「目に見えないものに対する渇望がこれほど怖いとは思わなかった」
 確かに。
 だけど、生きているときに言ってくれよ。相変わらず間が悪いぜ。

おわり


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