|
カテゴリ:No Category
翌日、俺は紐の切れた靴をカパカパ音を立てながら、試験を受けた。
上○の試験は、英語が超が付くほど難しい。 結果は、見なくても分かるほど惨たんたるものだった。 俺は、一人、紐の切れた靴のせいにして大学の門を出ようとしていた。 すると、一人の学生が俺に声をかけてきた。 振り返ると、さわやかだが、どこか貧乏くさい学生。 全身、さえない色の服に、どこかくたびれた表情。 髪はぼさぼさで、全方向にはねている。 「どうだった?受験」 いきなり、親しげに声をかけられ、少し引く。 「あ、いや・・」 「あぁ、僕、ここの学生してるんだ。よろしく」 名前は聞いたような気がするが、もう、すっかり記憶から抹消されている。 「どこから来たの?」 「大阪です」 「いや、東京のどこから?どこかに泊まってるんでしょ?」 「はい。渋谷のそばに」 「俺、同じ方向だから一緒に帰らない?」 俺は、電話で親と話す以外、10日ほど、誰ともクチを聞いていない。 暇つぶしにもなるしいいかと思い、彼の申し出をなんとなく受けた。 「東京は初めて?」 彼は、何のためらいもなく、俺に話しかける。 最初は、快く答えていたのだが、なんだか気持ち悪くなってきた。 見ず知らずの男が、俺に付きまとっている。 俺からは、こういう怪しげな物の怪を引き寄せるオーラが出ているのだろうか? 「これからどうするの?」 俺は、紐の切れた靴を見せ、 「靴紐を買いに行くんです。昨日、切れてしまって」 俺は、そういえば彼は家に帰ると思ったが、裏目だった。 「じゃ、俺も付き合うよ」 「いえ、いいですよ」 「せっかくだから、お茶でもおごるから」 強引さに負けて、渋谷に向う。 渋谷の109。 1989年当時でも、渋谷を最も感じさせるデパートだった。 彼はなぜか俺をそこへ連れて行った。 「僕もここに来るの、初めてなんだよな・・」 ・・・まぢか?なんで?東京で学生してるんでしょ? 「そうなんですか」 「僕、あんまりお金がなくてさ」 ・・・いや、関係ないと思うけど。 と、彼はおしゃれな女性がたーくさん居る、エスカレータの途中で、 靴を抜いて見せた。 「ほら、これ」 彼は、靴下を自慢げに見せる。 なんと、靴下の指が分かれているのだ。 今でなら、先割れ靴下は珍しくもなんともないが、当時はそんなもの売ってるとは思わなかった。 しかも、軍手のような素材で、貧乏くさい色。 「軍足っていうんだ。安いし、丈夫だし」 ・・・だから? さらに、相手してるのが気持ち悪くなった。 お茶を一緒に飲む前にまかねば・・・ 俺は急いで靴屋を探し、目に付いた靴紐を買った。 「じゃ、俺、明日があるんでそろそろ・・」 「そう。じゃ、ホテルまで送っていくよ」 ・・・やばい・・何者だ、こいつ・・・ 「ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」 渋谷のスクランブル交差点。 彼をまくなら絶好のポイント。 俺は一気に歩く速度を上げ、人ごみにまぎれた。 そして、思いっきり走った。 紐が切れた靴をパカパカさせながら・・・ 助かった。 気持ちの悪さを感じつつ、ホテルに戻った。 今日は、ここから出ないでおこう。 脂っこいホテルの料理でいいよ。 落ち着いたころ、靴の紐を変えようと袋を開けると、 紐が長い。 長すぎる。 袋を確認すると、なんと、ブーツの紐だった。 翌日の受験には、靴紐を引きずって行った。 こうして、俺は2年目の浪人にまっしぐら。 もんじゃ焼きと、靴の紐と、軍足野郎のせいだ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
|