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ほよほよ部屋

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方針変更

2005年

6月7日(火)


検査入院時に手術はなしという方向を出されて、新しく主治医になった先生の話を聞きにダンナと京大病院へ行ってきました。

同じ病気で症状、病状も全く変わってないのにここまで判断が変わるのか?と思うくらい。

1.腫瘍が大きくなるか時々MRIを撮り確認しながらしばらく様子を見る。
2.腫瘍が大きくなって来るようだったらガンマナイフ、またはエックスナイフ(放射線治療)での治療を勧める。
3.手術をするとしたら、腫瘍が2.5~3cmになって顔面神経に麻痺がない場合のみ

つまり、手術はないということ?(そんなに大きくなるまでほっとかれへんもん)

私は経過観察の後腫瘍が大きくなるようだったら「手術」と思って経過観察を受け入れたのだが
手術はどうしてもして欲しいならしますが、聴力は大きく低下するか失いますと言われた。
おまけに、手術しても腫瘍を完全に取るのは不可能ですと言い切られたし。

同じ状態でも、手術派の先生とガンマナイフ派の先生がいると聞くけれど新しい主治医はガンマナイフ派ということなんやろ。

とりあえずまず経過観察ということについは異存はないんやけど、私なりに調べて
ガンマナイフのリスク、手術のリスク両方を考えた上で手術に決めたから、
ガンマナイフに方針変更という点についてはまだ気持ちの整理がついていない。

というか、私は「リスクの小さい手術」を求めて転院したのに、今まで進もうとしていた道が急になくなって、全く違う道しかなくなったら、
私は何の為に京大病院に行ったのか分からなくなってしまう。

なんだか、もう頭の中がめちゃくちゃや~

ちょっと頭冷やして、また一から色々調べなおしてゆっくり考えないとね。

一番大切なことは、私自身が選んだ道を納得して進んで行く事やからね。




7月7日(木)

京大病院に予約の電話を入れた。

9月に新しい主治医の予約を取ってあるけれど、今回は元の主治医の橋本先生にもう一度予約を取った。

検査入院の時にちらっと顔を見ただけでなんの話もしないまま主治医も治療方針も完全に私の気持ちとは別の方に行ってしまって、
まだ混乱から抜け出られずにいる。
私自身が納得して先に進んで行くためには、もう一度ちゃんと橋本先生と話をしないとやっぱりどうしてもダメだと思ったから。

ただ、どういう話をするかについては、まだ完全にはまとまっていない。
言いたい事はたくさんあるけれど、どれとどれを言うか、お願いすべき事は何か?

* 私はもうすでに「手術」と「放射線治療」の選択はしている。
* その上でよりリスクが少ない「手術」を求めてこの病院へ来た。
* 退院後更に色々調べたが、やはり放射線治療を受ける気持ちは全くない。
* もし放射線を治療方法として選択していた場合、この病院に来ていたかどうかは分からない。
* 腫瘍が大きくなるか確認してから治療を考えるという話だが、そうしている間に聴力が落ちてしまった場合、
  今手術するよりも聴力温存についてはリスクが大きいのではないのか?
* 手術すれば聴力は大きく低下するか失うと断言されたが、調べたところ放射線治療では確実に40%は聴力が落ちるらしい。
  逆に手術では、聴力がほとんど落ちない例もあるとの事。
* しかしそうでない例もちゃんと読んでいるし、手術をすれば完璧に元の状態に戻れると思っているわけではなく、
  リスクについてもきちんと理解しているつもりだ。
* 新しい主治医は私がネットで色々な事を調べて質問する事を嫌がっているように感じる。
* 信頼感を持てず苦しんでいる。
* 放射線治療は聴力温存、顔面神経温存の成績は良いとの話だが、それは全国平均の話ではないのか?
* ぶっちゃけ、もう先生は私の手術をする気持ちは全くないのですか?
* もしそうなら、別の先生自身が信頼できると考える医師を紹介してください。

・・・などなど・・・?

来週の火曜日までまだしばらくあるので、きちんと考えてまとめて悔いのないように準備をして行きたいと思います。




7月11日(月)

病院の予約をキャンセルした。

前日ダンナと話して、今すぐ手術してくださいと言えない以上、橋本先生と会う意味はないのではないかと思ったから。

でも、私は手術したい。
私自身がどう思っているのか分からないと思っていたけれど、キャンセルの電話をして本当に分かったような気がする。

ただ、家族はそうは思っていない。
子供は小さいし、ダンナは仕事がめっちゃ忙しい。できたら今は避けて欲しいという空気が満々なのだ。

今すぐ手術をしなくてはいけない。というほどではないけど、近々手術をしなければいけないと思っていた。
手術をしなくてはいけないからみんなでがんばろうという緊張感に満ち溢れていた。
でも、しなくてもいいかもしれないということが分かり、ほっとしたと同時に緊張感もなくなった。

実際、今は生活に全く支障がないんやからあえてする必要もないのかもしれない。
でも腫瘍が小さくて聴力も落ちていないからこそ、
今手術をする事によってより現状に近い状態で腫瘍を取り除くことができるかもしれない。

私だって手術するのは怖いのだ。
一生大きくならないし、聴力もそのままだと言われればもちろん手術なんかしない。
それに、手術するとなれば、やっぱり家族にも迷惑をかける。
しなくてもいいかもしれない手術をしたいと言うのには勇気がいるのだ。

今日改めてダンナと話した。

ダンナは、やはり1年は経過を見てみたいと言う。
1年経って、経過が悪ければもちろんすぐに、
もし経過は変わらなかったとしても私の今の気持ちが変わらなければ手術をすればいいと言う。

少し安心した。手術云々ではなく、ちゃんと今の気持ちを話せたからかな。

それにしても。できればあの検査入院のまま手術したかったなぁ・・・

でも選択肢のない病状の人の事を考えれば、文句を言ってはいけないのかもしれないね。




9月6日(木)

3ヶ月ぶりに京大病院に行って来ました。

京大病院ではMRIの予約がいっぱいなので、隣の駅にある同じMRIを置いている診療所(研究所?)でMRIを撮り
それを持って診察に行く。

検査衣に着替えて、金属の物をはずして、いつものようにMRIの台に横になった。

では、今から頭を固定します。途中で造影剤を入れます。 ハイ。
手足は動かさないでください。 ハイ。
目は閉じておいてください。 ハイ。

起きておいてくださいね。 え゛。

今までそんなこと言われたことないで。
目をつぶって寝ないなんてそんな器用なことできひん~
いつも検査始まったら3秒ぐらいで睡魔がやってきてそのまま検査終了まで熟睡やで。

MRIの検査を受けたことのある方なら知ってると思うけど、
通常ならとても寝られないようなものすごい音がなってるねんけどね。(笑)

寝ないようにがんばっていたけれど、造影剤を入れた後の記憶はありません。(汗)
ばれなかったみたいやし、まぁいいよね。

MRIのフィルムを持って一駅分歩いて病院についた。

腫瘍は大きくはなっていなかったようだ。

とりあえず、一安心。

先生、最近軽いめまい・・・頭がふぁ~っとする感じがあるんですけど、
それは腫瘍とは関係ないんですか?

関係ある可能性もありますが、子育てなどのストレスによって起こったりする場合もあります。

その他の症状についても話した。

それは、腫瘍による可能性が高いですね。
でも、バランスをつかさどる所は脳にいくつかあるので、立ったり歩いたり
できなくなることはないと思います。

そして、次の予約をしたり他の事を少し話した後、先生はカルテ(PC)に
「1日数回ふぁ~っとするめまいがあるが、子供が3人いる為のストレス
もしくは女性特有のめまいの可能性が高い」

と記入した。

先生!私、ストレスたまってるなんて言ってへんで!!
先生の奥さんが子供3人の子育てでストレスためてるからっていっしょにせんといて欲しいわ~

・・・まぁ、ストレスためてないワケでもないけど。(笑)
夏休み長かったし。




9月23日(金)

最近、テレビの医療関係の特集で「神の手を持つ」Dr.福島をよく扱っているようだ。

いつも終わってから知るので見損ねていたのだけれど、友達が電話をくれたので今回は見ることが出来た。

Dr.福島は、去年、私が聴神経腫瘍だということが分かってPCで色々検索していた時に
「ラストホープ」という本を知って読んだんやけど、
脳外の手術は医師の技術の高さによって術後の状態に雲泥の差があるという事を知った頃だったので、
本当にこういう医師に手術をしてもらいたいと思った。

それから色々調べていくうちに、あたって砕けろでDr.福島にメールを送ったりして手術をしてもらえる可能性がある事も知った。

でも、私の腫瘍が比較的小さい状態でみつかったこともあったし
Dr.福島は1年に数回しか帰国しないから、できる手術数も限られているし
もっとこの医師でなければ扱えない難しくて命にかかわる手術をすべき存在だと感じた。

それで私は、私が通える範囲にある病院にいる最高の技術を持つ医師を探した。

まぁ、その後色々あって、手術を受けずに今日に至っているワケやけど・・・

今回番組を見て、私の気持ちは変わらなかった。
ただ、私の置かれている「経過観察」という状態が、あいまいでとても危険な状況だという事を感じた。

でも、この番組を一緒に見ていたダンナには、爆発的な気持ちの変化があったようだ。

できれば今のまま手術などせずに一生過ごせたらいいと思っていたのだが、なるべく早く、技術の高い医師に手術をしてもらうべきだと。

私が手術を受けたいと考えているのという事については変わらないので、これからどうすべきかまた色々考えなくては・・・





10月16日(日)

今日は昼くらいからずっとPCの前に座ってました。

ナンデかと言うと、セカンドオピニオン(2回目やけど)の書類の宛先をどこにしてもらうかまだ迷ってるから。

最初に聴神経腫瘍を見つけてくれた近所の病院から今の病院に移って来た時には、橋本Drに手術をしてもらいたい!!
思っての事だったから、全く迷いがなかったんやけど、

今は、どの病院を調べてもはっきりした手術のデータを公開している病院は少なくて決めきれない。

それに大学病院なら各Drの専門分野についてHPに明記されている場合が殆どやけど一般の病院はそれもはっきりしていないので、
いったい誰宛に紹介状をかいてもらえばいいのか全くわからない。

とりあえず、神戸大学病院、大阪市大病院、関西労災病院の3つには絞ったんやけど・・・

担当医に話をしに行くのは明後日やで・・・今頃迷っててどうすんねん!!

自分で自分に腹立つわ!!




10月18日(火)

セカンドオピニオンの書類をお願いする為に病院に行って来た。

まず、手術を受けたい事を伝えて、手術をしてくれる病院を探すために書類が欲しいと伝えるつもりだった。

やっぱり、手術を受けたいんですと伝えると

分かりました。じゃぁ、橋本先生の外来に移しますね。
あ、まず、確認に行ってきます。

え゛?
橋本先生が、やりましょうと言っています。
今日は、手術に向けての検査をいくつか受けて帰ってくださいね。

そんなあっさり・・・

橋本先生は確かに技術のとても高い脳外科医で、それに対する信頼は今も全く変わっていない。

ただ、橋本先生の専門は聴神経腫瘍ではない。

さかのぼって、初めて手術をお願いに行った去年の12月には、まだ病気が見つかって2ヶ月で
とにかく技術の高い、できれば関西で一番技術の高い脳外科医を探していた。
そして橋本先生にたどり着いた。

手術をお願いに行って、僕でよければ手術をしましょうと言ってもらった時には、感謝と幸せでナチュハイになって、
ヒールの高いブーツで2駅分歩いてフラフラになって家に帰った。

でも。
それから10ヶ月。事情は変わってしまっている。

手術を受けることになっていた5月までは殆ど何も調べずに、できるだけの事はやったという満足感を感じながら、手術の日を待っていた。

とにかく手術を受けて、その後元気になるイメージをして暮らしていた。

検査入院で方針が経過観察に変わった後、その状況の変化を受け入れるのにしばらくかかった。

家族の気持ちも変わってしまったので、とりあえずすぐに手術をすることはあきらめて、橋本先生に手術をしてもらうこともあきらめた。

そしてしばらくしてやっと、万が一状況が変わった時にすぐ対応できるように新しく手術をお願いしたいと思える医師を探し始めた。

その中で、脳外科の医師にもそれぞれ専門があって聴神経腫瘍のような難しい手術の場合は特に、
その専門の医師に手術をしてもらうことが一番大切なことだという事を知った。

でも、2回も橋本先生にやりましょうと言わせて、いや、でもセカンドオピニオン・・・とはどうしてもその場では言えなかった。

検査が終わった後、ダンナに電話を掛けて報告した。

帰りの電車の中でもまだ迷っていた。

一旦、それも縁だからと、納得しようともした。

ダンナはめずらしく早く帰宅した。

中途半端に決めたりしないで、納得するまでちゃんとやってみろ。
それでも今の病院に戻っていくようになれば、その時はそれは運命かもしれないと思って受け入れたらどうや。

と言われた。

・・・そりゃそうやんね。やっぱり、とにかく今やれることをやってみよう。




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