The Life Style in The New Millennium

2015/08/29(土)10:28

それなりの幸せ..

ショートストーリー(1475)

安江は、それなりに今の生活に満足していた。 夫の洋司が1年前にリストラで職を失った。 何とかアルバイトで食いつないではいるが 新しい職が見つかる見込みはない。 高校3年生の娘と1年生の息子が居る。 家計を助けるために結婚して20年目で初めて 働いた先が、駅前のシティホテルだった。 このホテルで、安江は客室サービスをやっている。 客室サービスと言えば、聞こえは良いが 簡単に言えば400室ある部屋の掃除だ。 生活の為だが、子供の手も離れたことだし、 そろそろ働きに出たいと思っていたところで ちょうど良かった。それに安江は この仕事が嫌いではなかった。   いつものように、安江は受け持ちの 13階のスイートルームの掃除をしていた。 チェックインは1時だが、時々、 12時過ぎに部屋に入る客もいる。 安江とすれ違いに、中年の男女が ボーイに案内されて入って来た。 「こちらでございます」 「いい部屋ねえ」 「うん、この町ではナンバーワンのホテルだからな」 ドアの隙間から中の会話が聞こえて来た。 安江は、この男女の男の方の横顔にハッとした 「平ちゃん」 思わず口から声が出た。   平ちゃんとは、平治で安江とは幼なじみだ。 今では、有名な俳優になっている。 安江の実家の前には、公園があった。 平治は、子供の頃からいつも、その公園で遊んでいた。 高校生の頃まで毎日のように仲間とたむろしていた。 夏休みには、夜中にフラフラ現れたりもした。 「平ちゃんは、安江が好きなのよ だから、毎日、あそこにいるのよ」 友だちの信子は、安江にそう言ったことがあった。 そんな信子は、平治を好きだった。 安江も平治のことは満更でもなかった。 つまり、三角関係。でも、信子は一方通行なので 正三角形ではなく二等辺三角形だったかもしれない。 しかし、運命は皮肉なもので安江は、ひょんなことで、 学習塾で知り合った男の子と付き合うことになった。 ちょうど、その頃、平治がグレたという噂を聞いた。 「安江、平ちゃんの気持ち知ってるくせに・・・ 平ちゃん、やけになって」 信子は、ポロポロ涙を流しながら言っていた。 いつのまにか、平治の姿も公園からなくなった。 高校を卒業してから風のたよりに信子と平治が 結婚したという話を聞いた。平治が俳優として 成功してからは、仲睦まじい二人と子供の姿を 何度かテレビや週刊誌で見た覚えがある。   と言うことは、平治といっしょなのは信子。 そう思うと、安江は急にイライラしてきた。 いままで、それなりに満足していた生活が バカバカしくなってきた。 かたやリストラでクビの亭主で掃除のおばちゃんの安江、 かたや有名俳優の夫とスイートルームの信子。 トイレの掃除をしている時、なにげなく鏡を見ると自分の姿が映った、 「ああ、汚いおばちゃん」 自分で自分が嫌になった。 もしかしたら、今の信子と安江の立場は逆だったかもしれない。   家に帰ると、夜も8時過ぎのことが多い。 3LDKの公団住宅の一室が安江たちのねぐらだ。 安江は、今日だけは、あのしょぼくれた夫の顔を見たくなかった。 家に入ると、ほんのりカレーの香りがした。 「おかえんなさい」 たぶん、彼女が作ったのだろう娘の美香が一番に顔を出した。 続いて、メガネをかけた成績優秀の息子の太郎。 そして、最後に 「おお、美香がカレーライス作ってくれてなあ」 間抜けツラした夫が、申し訳なさそうに顔を出した。 4人でテーブルを囲む。 「ウフッッフフフ・・ なかなか、いけるでしょう?」 美香が自慢げに微笑むと 「へえ、ねえちゃん。やるー」 太郎が合いの手を入れる。 そんな二人を黙ってニコニコ見ている夫。 決して豊かではないけれど、明るい娘と息子や 気の優しい夫に安江は囲まれている。 「安江、仕事見つかったぞ。給料は3分の2だけどな」 「そう、がんばってね」 いつの間にかカレーライスの雰囲気に飲み込まれた 安江は、やっぱり、自分はそれなりに幸せだと思った。  

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