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2007.09.10
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御福餅のホームページを見ると、
次のような沿革が記されています。

----------------------------------------------------------

当社は今より200有余年前、現在の店主小橋家の遠祖が伊勢国の宮川の川畔、伊勢参宮街道筋に茶店を開設したのが始まりである。

以来、代々庵餠の製造、販売を営み、参宮客の旅情を慰め好まれて来た。

時代の沿革と共に度会橋が架橋され客の流れが変わり、商の存続が出来なくなり、明治16年4月に現在の所在番地に店舗を移転し、営業を継承している。

(有限会社御福餅本家のホームページより)
------------------------------------------------------------

そして、御福餅の商標出願は大正9年になされています。

ここからは、未確認の想像にすぎませんが、
上記の表現からみて、
宮川の川畔の茶屋の時代には、
あんころ餅を出していたものの、
御福餅という名称は無かった可能性があります。

明治16年に現在地に移した時またはその後に、
それまでに出していたあんころ餅に
「御福餅」という名称をつけて
売り出し始めたのではないかと思われます。

「御福餅」の由来は、「神代の昔、
天細女命(てんのうずめのみこと)が天の岩戸の前で
舞をまわれ大神の御心をなぐさめられた神話に基き、
あまねく福を招き入れる心を表してい」るとされています。
(前出のホームページより)

赤福餅の由来に比べて、
具体性に欠けたネーミングですね。
この名前の由来を見ても、
始めに「赤福餅」ありきであることがうかがえます。

餅につけた赤福餅と同様の指でつけた筋を
「二見浦の清き渚に打ち寄せる波を表している」
としていることからも、
二見浦に場所を移した後に、
赤福餅を強く意識して今日の御福餅ができたことが、
容易に想像できますね。

既にブランドを確立していた「赤福餅」を
徹底的に真似ながら、
内宮前と二見浦という微妙な場所の違いを利用して、
「御福餅」ブランドを作っていったのでしょう。

御福餅はこうして今日まで生き残り、
一定の位置を占めているのですね。

でも、本当にこの戦略はよかったのでしょうか?

(上記の勝手な想像、誤りがありましたらご指摘願えれば幸いです)

 







Last updated  2007.09.10 10:05:02
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