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2010年08月18日
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 みなさんおはようございます!

 お盆も過ぎ、首都圏ではまだまだでしょうが、安曇野の子どもたちの『夏休み』も

 もうそろそろ終わりに近づいております。

 子どもたちのキラキラ光る瞳はどんな『夏』を体験したのでしょうか?

 お父さん、お母さんが忙しくてどこへも出かけられなかった子。

 2泊3日くらいで海や山や観光地に出かけた家族。

 病気のためベッドで頑張っている子。

 それぞれにそれぞれの夏は来て、駆け抜けて行くことでしょう!

 今から40年前、おいちゃんの小学生時代はどんなだったろう?

 昔はとにかく近所に子どもがたくさんいました。

 いつでも5人~10人くらいの集団でいろんな遊びをしていました。

 陣取り・缶蹴り・石塔・魚とり等・・・・
    (呼び方も遊び方もローカルなものかもしれません)

 一人遊びの類はほとんど記憶にありません。

 今のようにゲームはほとんどと言っていいくらいありませんでした。

 DSやTVゲームのように一人で遊べるものがなかったのです。

 トランプや花札、すごろくなどにしても複数人で遊ぶものばかりでした。

 現在ではひとりっ子の家庭も多く、近所でも子どもの数は非常に少ない感じです。

 近所の子ども集団は、学校の共同生活よりはるかに『シャバ』の生活に近いものが

 あったように思えます。

 例えば『カジカ』と呼ばれる川魚をみんなで捕りに行き、料理屋さんなどに

 売りに行きました。 まあ、子どものやることですので、そうとう安く買い上げられて

 いたとは思います。

 そのお金を分けるのですが、記憶では均等ではなかったように覚えてます。

 リーダー的な存在の者がいて、年齢とか、仕事の役割分担に応じて分けてもらった

 記憶があります。 多少不満もあったような感触も記憶してます。

 でも一生懸命やりました!

 みんなで『いかだ』を組んで川下りをしたことです。

 おいちゃんの家のすぐ横に『穂高川』が流れています。

 そこを近所の悪ガキ仲間で知恵を絞り、強力していかだをつくりました。

 隣町のまだ向こうまで下っていきました。

 どうやって帰ってくるのかも考えず、奇声を上げながら流されて行きました。

 当然、いかだは乗り捨てです!

 帰りはだらだら暑いなか何時間もかけて歩いて帰ってきました。

 我々がなかなか帰って来ないので、家で待つ者もみんな心配してました。

 家に辿りついたあとの『大目玉』は、になさんご想像の通りです・・・・!

 身近にたくさん子どもたちがいて、お金のかからない『冒険』がいっぱいありました。

 未来ある子どもたちにはこの『冒険』をおおいにしてもらいたいと思ってます!

 ある意味『冒険』たくさん経験することが豊かな『心の糧』を育むような気がします!

 そして大人になった今も『冒険』という言葉の響きに振り返れるようでありたい!

 

 






最終更新日  2010年08月18日 09時33分53秒
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