000000 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

マレーシアで悠悠自適に暮らす酔っ払いマダムの日々

15年間チャレンジ日記その5

第5回 就職と会社設立


そりゃないよね。(って、いつもこんな書き出しで申し訳ないのですが)
どうしてそうなる訳?
希望に胸を膨らませて初回のご挨拶に行った私に、
せっかく見つけた就職先は言った。
私が居ない数ヶ月で、新しい先生決まっちゃった、だって。


それってあり?


「アナタ アルバイト デモ スル?」だって。


ばかにするんじゃあないっ!!


・・・と、言う訳で、働かずしていきなり無職になってしまった私。


でもさ、今更帰る訳にはいかないじゃない、恥ずかしい。
散々みんなに送別会してもらったのに。


とにかく私には30万円しかない訳だから、
いつまでもホテル暮らしもしていられない、
とりあえず住む所を確保しなければ、と思い立ち、
前回の滞在中に知り合った友人に相談し、
私はとあるマンションの1室
(マレーシアでは1ユニットの中の部屋を個別に貸出す)を借りた。
それがとにかく汚い部屋。
シャワールームなんて公園の公衆トイレみたい。
見たこともない虫は居るわ、蚊には連日連夜ばしばし刺される。


ま、仕方がない。
私には明るい未来が待っているのだ、
こんな所さっさとオサラバしてやるわい、
と、とりあえず新聞を購入し、就職欄に目を通した私であった。


そして見つけたのが、ここでやっぱり“ホステス”


これしかないっしょ。(注:北海道弁)


私はすぐジャパニーズカラオケラウンジ「Swing」で働くことに決まった。
勿論マレーシアくんだりまで来てホステスで身を立てようなんて思っていた訳ではない。ここに居れば日本人と知り合いになって、
何かしら情報が得られるかもしれないと考えたのだ。
勿論それと平行して、
例によって役立たずの「日本語教師養成講座修了証」(これが正式名称でした)
を片手に、教師の口も、懲りずに探し続けていた。


そして、この時知り合った日本人男性Nさんと、その友人ワンさんから、
会社を設立しないかと持ちかけられた。
会社で、日本語学校を作ろうという話だった。
今までは、Nさんが出資、ワンさんが生徒の確保、ということで話が進行していたのが、実際教師をする人材が居ないということで探していたというのだ。


なんていいタイミング、これって神様のめぐり合わせ!


それからの3人は早かった。
会社の登記を済ませ、小さいながらオフィスも構えた。
エアコンこそなかったが、自分のデスクに座ると、暑いのも忘れ、
にわか女性実業家になったイイ気分がしたものだ。


そしてそれと時期を同じくして、私は「Swing」で知り合った同郷のお客様に、
知人がやっている日本料理レストランでマネージャーを探しているのでやってみないかと紹介された。


勿論会社を設立したからといって、今日明日中にお金が入る訳ではない。
マネージャーのお話は受けた方が良さそうだ。


よし!乗った!


早速ホステス業を辞め、私の汚い部屋も、これはあんまりだから引っ越そうと、
今度は部屋ではなく、マンションの1ユニットごと借り、
とりあえず家具も買った。
私の二重生活が又始まった
。昼は何もないオフィスに行って今後の相談をし、
夕方からレストランへ通う日々。
養成課に通っていた頃のことを考えると、
レストランは夜がそう遅くないので身体は楽だった。


何より、具体的な夢があったから。


この辺り自分でも、なんと無謀で無鉄砲だったか、と今でも思う。
時が経ち、こういう点を人が“勇気”と呼ぶのは、
未だに大変恥ずかしいので、居たら、やめてください。


でも、そんな矢先、政府主催の、日本へ留学する生徒対象の日本語教室受け入れ先の入札が、急に今回に限り行われないことになってしまったのだ。


私はこの頃まだ分かって居なかった。

この国はいつもそうなのだ。

突然主要道路を封鎖したり、祭日を作ったりする。


何でも唐突で意味がない。


ただ15年前の私は知らなかった。


この入札をワンさんのコネで勝ち取るところに、
我々の日本語教室の目的はあったのに。


本当に、物事ってスムーズには進んでくれないんだ。


とほほ。




© Rakuten Group, Inc.