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顕正会 『叱狗論』

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2010年05月22日
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カテゴリ:日淳上人全集

主義についての錯覚


 何主義とか、かに主義とかいふことは今に始まった訳でもないが、此頃は特に一つの流行性ををびてきて、しかも何か主義を持たなければ時代人として一人前ではないかのやうに思はれるにいたってゐる。


主義を持つとか、主義に生きるとかいふことは強ちにとかくいふべきではないと思ふが、近頃のやうに主義を絶対的に考へるやうになると其処に弊害も現はれることになる。


 いふまでもなく主義といふことは一定の基準を立て、其れによって一切を律して行かうとするものである。しかし世の中は多岐多様であって、一つの主義で割切れるものではない。


若しさうしやうとすれば必ず無理ができるのである。其の無理を押切らうとすると争闘が生ずる。


主義といふものは一つの物の見方であり、一つの考へ方であって、どこまでも相対的なものである。



これが主義の主義たる限界である。故に一つの主義が真理であり絶対であり、他の主義は迷ひの非真理であると考へるのはその考へ自体が誤ってゐるのである。



例へば個人主義にとって社会主義は誤ってをるといふならば、その考へはいづれも誤ってをる。


世の中に於ては個人主義も成り立つし、社会主義も成り立つのである。個人を無視した、社会を無視して個人といふものもあり得ない。


故に要するに主義といふものは目的や必要によって立てられるもので、いはば一面観に他ならない。


従ってその限界と意義とを自覚して主義を立てるならばそれは真理として肯定される。しかるにそうでない場合はかへって非真実となるのである。世界は、人間は主義より広く大であるからである。



 仏教に於ては凡ゆる人生についての考へ方が挙げられてゐるが、その中に於て法華経と法華以前の諸教とに於て前者は実教といひ後者は方便といひ権教といはれる。


それは何故かといへば権教の権教たる所以は、物の一面観に終始してそれを絶対と考へるからである。


物の全体を知らずして一面観に捉はれるならば、それは権たることを免れないといふのである。


此れに対して法華は全体を教へる、而してその全体の上に於て権教は一面観なることを教へるのである。そこで権は権であって実となるのである。



部分を知って全体を知り、全体を知って部分を正しく考へることができるといふのである。


 由来西洋の物の考へ方は承前的であり別教的であるから鋭くもあるが必らず行詰りを生ずる。畢竟それは権であるからである。全体の視野の上に主義の分際をしるときこそその主義が真実なものとなり円通なものとなる。


 現代の人々はあまりにも全体的な実相を知ろうとせず、いきなり主義を学ぶ。そのためにその主義は権の主義に堕する。現在の世の中の険悪さは其処から発生するのではなかろうか。

 現代の一切の人に法華経を読み、世の実相を知り、人生についての考へ方を学ぶやうに切望する。妙法蓮華経の中にこそ人類の幸福と平和への光明がある。


昭和二十八年三月(大日蓮)


(日淳上人全集 下 1167ページ)


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


久々に書いてみた。


アセアセ...A=´、`=)ゞ


おいらは、社会主義や共産主義のような言論の自由がない世の中は御断りです。


おっと!浅井会長を国師とする顕正会も当然御断り。(笑)

顕正会でいきなり国立戒壇論から学んでしまったので、別に建築屋でもないのに建物建造主義者になっていました。(笑)


一応は、一念三千、依正不二も学んでいたのですが、個別の状態にばかり関心が向いてしまい、全体を把握できない状況となり、細かなどうでもいいことばかりが気になっていました。


┐(-。ー;)┌ヤレヤレ


これからは、森を見て木も見る、という両者の観点から物事全体を洞察できる力を高めたいですね。


(。・_・。)ノ







最終更新日  2010年05月22日 20時18分24秒
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