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クラシック、今日は何の日!?

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ノスタルジア

2009年01月08日
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カテゴリ:ノスタルジア


寒い冬の日、その凧は落ちていく夕日に向かって、誇らしげに少し腰を
振って見せた。確かに凧は夕日よりも高いところにいた。
小さな凧のくせに・・・な・ま・い・き・・・

糸は、ゆっくりと弧を描き、垂れ下がって、強く引っ張られブーンという
ゆるい音を立てて、自己主張していた。

幼い子どもの目には、小さな凧は豆粒ほどに見え、それはそれは高く、糸は
どこまでも長~く長~く、果てしなく続くように感じられた!

天まで届く・・・とは、こういうことか!!

羨ましかった。
子どものおもちゃ!?として売られているちんけな台紙の糸巻きに巻いた凧糸を、
ふたつやみっつ繋げたようなちゃちなもんじゃないんだ!
二歳年上の少年は、プロの凧揚げ職人のように見えた!!
糸を操る動作の鮮やかなこと!!!とても眩しかった!!!!

そんな少年が、用を足す必要があったのだろうか?凧糸まわしを護美箱の
取っ手にしっかりと止め、指差し確認の仕種をして急いで家の中に入って
行った。

魔が差したというのだろうか!?千載一遇の機会と見たか、幼い子どもは
迷うことなく凧糸まわしを手にとって自分も職人の仲間入りをしようとした。

その途端、するするすると糸は流れ、あっという間に手から離れて行った!
それは、幼い子どもの想像を超えた強い力であり、簡単に支えられるような
ものではなかった。

風に乗って、遠く北アルプスの連峰目指してて飛んでゆく凧!
それを追いかける少年と幼い子ども。
夕陽が眩しい!

幼い子どもは、自分がやったと白状することもなく、少年も咎めたてする
こともなく、共に泣きながらひたすら走り続けた。

二人は、いつまでも凧が見えなくなるまで追いかけ続けるのだった。







最終更新日  2009年01月08日 19時23分08秒
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2006年12月12日
カテゴリ:ノスタルジア
とんぼを追った日々

西日が当たる漆喰の壁と板塀に

驚くほどぎっしりと止まっていた赤とんぼ


木切れを見つけてはチャンバラ遊びに明け暮れた

時には、遊びが昂じて他愛も無い喧嘩に

遊びなのに、もちろん痛かった! とても我慢できなかった

でも、本気で何歳も年上の体の大きい相手に飛び掛って行った


人数が足りなくてもやれた三角ベース(野球) 

小さな頃から、野球が好きで、仲間に入れてもらいたくて仕方がなかった

「入れて」、と言えずに遠巻きに素知らぬ顔

玉拾いでもいいから、声を掛けてもらうまで・・・、周りで遊んでいた

外野を守らされ、抜かれると小さな体にはボールまでが遠かったこと!

全速力で追いかけた


そう言えば、“S”や“8の字”、“横水雷”や“川中島”。

年長の者が覚えて年少者にルールや遊び方を教える

冬はラグビーもやるし、もちろんサッカーもやった


場所が始まると相撲。オリンピックの年などにはレスリング

グレコローマン、フリースタイルなど、真似してやった!

プロレスも人気番組!ブームだったからね・・・。よくやったよ。

おいっ、妹に4の字固めかけてどうする!?

でも影で練習しとかないとね 負けちゃうから


広場に聳えるアカシアの樹 カミキリムシのいたプラタナス

ホームベースは桜の木の下 目指すは我が家の2階の窓だ

ガラスを割っては、しかられよく謝りに行った 逃げたこともある


夏になるとアカシアの樹の下に“とっかん”(注)が来る 

「ドッカ~ン」がやってきた合図だ 甘いにおいが広がる

木陰で熱い仕事に耽るとっかんのオヤジ


季節により傘直し、靴修理、或いは“よろず直します”

の類の個人商店!?が木陰に店をだす


いたんだなぁ、くぎひろいのおばさん。やけどして手がくっついて働けない

体だから、ぼろを着て乞食のようにかろうじて生きているのに、

心無い子どもだった俺達は、囃し立て、小石を投げたりもした(反省)


大きな団栗の樹の一番上に作った隠れ家

3人入るともう一杯 顔をつき合わせる位の小さな部屋!? ひみつのひみつだ


川原の葦の原の中に作った秘密の隠れ家 

魚を釣ったり、手掴みで取った魚を焼いては食べた

よからぬもの!?を皆で持ち寄り、こっそり見ていた

秘密の共有が何よりもワクワクさせた


栽培してるいちごを摘み食いして2kmもオヤジに追いかけられたことも・・・

桑の実のぐみ 白いシャツの胸ポケットに入れて母親に叱られた

歩きながら取れるりんごや柿 毛虫にやられながらも取った胡桃

中学になると胡瓜はおろか、大根までも部活の合間にくすねた!

準備良く味噌を持ってくる農家の子 みんなで付けて食べたものだ 

杏の実は、甘酸っぱい思い出と一緒だ


祭りになると神輿 静止も聞かず民家の板塀に突っ込み無礼講だ

よく板塀を割った! 御酒も入ってないのに・・・


冬は竹スキーに竹スケート 雪合戦は陣地作りから始まる

川に張った氷の上で靴で滑ったスケートもどき

割れて落ちて氷の下に入り、危うく死にそうに・・・!


落ちたと言えば、肥溜めにもよく落ちたなぁ

凧上げに熱中して、喧嘩で逃げながら、何度落ちたことだろう


学校の帰りに道の脇に流れる用水でやった笹舟競争

笹が無ければ何でも舟に見たててやった ゴミも


小学校の有る裾花川の対岸には屠殺場があった

連れて行かれる牛や豚の悲しそうな鳴き声

今でもその声が耳に残る


家の周りは蝉は、ニーニーゼミから鳴き始め、油蝉、ミンミンゼミ

善光寺の近くの母の実家に行くとクマゼミなど、普段見ない蝉が沢山・・・


どれもこれも懐かしい!!



  (注)とっかん:今で言うポップコーンやキャラメルコーンなどを、原料を
          自分で持ち込んで作ってもらう出張露天商。リヤカーや
          自転車などに積んで巡回していた。上記や、米から作る
          甘~いポップライス!?を作る際、「どっかーん」と音が
          することから、子どもたちは通称でそう呼んでいた








最終更新日  2006年12月12日 13時49分32秒
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2006年12月10日
カテゴリ:ノスタルジア
楽しみだった。

先生が「角砂糖をいっぱい入れておいたよ」

と言いながら、渡してくれる通知表


小学校に入るまでは、いじめに遭っていた


多くの子は保育園に行っていたのに、こちらは幼稚園

白襟の服、半ズボンに革靴

毎朝、女の子が迎えに来て、バスで通っていた

身なり、服装もいじめていた子たちよりもずっと良かった

それに加え、同年齢の子よりも背が大きかったこともある・・・


兄がいなかったから、庇ってくれるものもなかった

みんなで声をそろえ「・・ちゃん、遊ぼう」と玄関前に来て呼ぶので、

喜んで出て行くと、棒のようなもので袋叩きにされたこともあった!


母が、年上の子たちが私をいじめるのにたまりかねて

「小さいんだから、いじめないで」

と言っても

「俺たちより、背は大きいゾッ」

と憎まれ口をたたく始末!


しかし、小学校入学と同時にそんないじめはすっかり消えた!


勉強ができるといじめられない。

驚きだった!

だから、お砂糖の先生とも相俟って、学校が大好きになった

でも、考えてみると当時のいじめは、昨今聞かれるものとは質が全く違い、

今となってはそれも懐かしいものに思える


(o先生に捧ぐ)







最終更新日  2006年12月10日 01時31分59秒
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2006年12月09日
カテゴリ:ノスタルジア
小学校の低学年

一人ずつ教科書の詩を朗読する授業があった


全ては覚えてないが、馬の鳴き声が”いいほほ”という

ここを読むのがとても上手い女の子がいた!


大きな明るい声で、ハッとするほど朗らかに、澄みわたる響き・・・

先生も絶賛した!!


その日以降、私の頭の中に”いいほほ”が住むようになり、

ときどき顔を現しては、全身に響き渡るようにもなった


残念なことに、私が詩づくりに熱中することはその後もなかったが、

”いいほほ”の響きだけは、ずっと身体の芯で振動し続けている

それは、私を音楽好きにしてくれた、源泉になっているのかも知れない・・・

(Y.R)






最終更新日  2006年12月09日 11時36分15秒
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2006年12月08日
カテゴリ:ノスタルジア
小学校の上がりたて

絵の上手いヤツがいた

夏休み、そいつが描いてきた絵が賞を取った!


青い海の中を潜水してる男の子

大きな手が、泳ぐ魚に向かってぐるっと伸びて


これがいいのか!? 手が顔より大きいぞ

やっかみ半分もあってか、即座に先生に聞いて見た


「自分の指をパッと拡げて、手を顔の横に持って観てご覧・・・

どうだい、手はかなり大きなものであることがわかるだろぅ・・・」


残念ながら、この年になっても、私は、未だ物を見て描く事ができないでいる






最終更新日  2006年12月08日 13時22分06秒
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2006年12月07日
カテゴリ:ノスタルジア
小さい頃、それは小学校に入りたての頃、

我ながら不器用だなぁと思うことが良くあった!

夏休みの工作の宿題。図工の時間だって、うまくできた例がない。

そんな時、鉛筆を上手に削れる女の子が隣になった。

削ってもらった。手際のよい仕種!なんという優雅さなのだろう!

それだけで、とても眩しい思いがした。

何か自分の先を行っている、姉のような存在にも思えた・・・

スラリと伸びた手足

長い髪をきれいに三つ編にしてた

プールの授業の後、後ろ手に自分で編みだした時には

もっと驚いた!

詰めた髪、ひたいや襟足の清楚さ

何よりも、光るおでこが素敵だった

(EK)

 









最終更新日  2006年12月07日 09時18分37秒
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2006年12月06日
カテゴリ:ノスタルジア
日本の屋根と呼ばれた信州で育った

テレビは、しばらくの間、NHK2局と民放1局

他所様より早くテレビが入ったせいもあり、相撲やプロレスでは

ご近所さんと一緒に観戦!チャンネル権は、子どもには無かった!

そういえばNHKの第1と第2を使ってのステレオ放送(の実験!?)

なんてのもあったなぁ。今思えば、左右同じタイプのラヂオを所有して

いる家って、日本中で何世帯あったのだろう?私は、ご多分に漏れず、

タイプの異なるラヂオを用意して期待を持って耳を澄ませた記憶がある

テレビは一家に1台あるかないかの時代だから、一部屋に1台なんて

夢のまた夢!思春期はもっぱらラヂオを聴くことがトレンドだった

それも地元の民放ラヂオ局はつまらないので、遠く上信国境を越えて

やって来る東京起点のラヂオに耳を澄ませたものだ

とは言え、はるばる野を越え山を越えやって来る電波は、聞くに堪え

ない波打ったもので、大きくなったり小さくなったり、時々聞こえ

なくなるなんてザラの情報量としてはとてもお粗末なものだった

でも、そんな中でかじりついてポピュラーソングや流行歌を聴いた!

少年の耳に快く、耳新しかったのは、

・悲しき雨音

・ミスター・ベースマン

・帰らぬ少年兵

そして西部劇主題歌の

・ブロンコ

・ララミー牧場

・夕日のガンマン

・黄色いリボン

などなど






最終更新日  2006年12月06日 23時03分37秒
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2006年11月24日
カテゴリ:ノスタルジア
生まれて初めて坊主頭にした!
会社帰りに、1mm。カットハウスでは、何度も念を押された。
「本当にいいんですか!?後悔しませんか?いいんですね。」
何しろ、近所の行きつけでは、そこの親爺さんがNo!と言ってやってくれない。
仕方無しに、ショートカットを売り物にしている?会社の近くの店をネットで探して、予約した。
「頭の形は、なかなかいい形してるよ!赤ん坊の頃寝かしっ放しにされなかったんだね。」とはカットハウスの店主。
「寒いから、マフラー持って来るんだったね。襟筋が寒いよ!帽子かぶったほうがいいんじゃない」とかしきりに迫る。
なぜ坊主頭にするのかって?
聞かれたけど、特に理由はない。未練も無い。奇を衒って、人を脅かすつもりも無い。
でも、週明け・月曜日は、会社で大騒ぎになるだろうなぁ・・・






最終更新日  2006年11月26日 22時58分14秒
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