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時間を見つける旅

ルーマニア

ルーマニアの小さな小さな村で



1992年8月。チャウセスク政権崩壊後、間もないルーマニア。
都市部では早朝からパン屋の前に長い行列ができ、品不足で
パンを買えなくて怒るおばさんが私の袖をつかんで言った。
「この行列を見てちょうだい!6時から並んだのにパンを買えなかった。
 このひどい状態を写真に撮って帰って世界に紹介してちょうだい!」

ルーマニアレイの価値は暴落していて、銀行で100ドル
両替しようとすると、そんなにレイの手持ちがないので
20ドルにしておいてくれと言われ、レイの札束を渡された。

それでもルーマニアの人々はとても親切だった。ルーマニア語と
イタリア語は語源が同じで、かなり意思の疎通ができた事もあり、
ハンガリーからの長距離列車で知り合った一家が、
ルーマニア最初の街で私を家に泊めてくれ、面倒を見てくれた。

当時ホテルの外国人レートが適用されたばかりで、ホテル代は
ルーマニア人の3倍以上に跳ね上がっていた。私が街を移動するというと、
「あんなに高いホテル代を払ったら君はすぐに旅費がつきて死んでしまうよ」
とみんなで心配してくれた。

果たして、涙の別れの後、強引に乗った長距離バスを降りると
「あれだあれだ」と言いながら駆け寄ってくる一家族がある。
前の街の人々から連絡が入っていたのだ。
それ以来、ルーマニア旅行を通して私は「知り合いリレー」で
街から街へと受け渡される事となった。

マラムレシュ地方のサプンツァという村に滞在していた時のこと。
この村は陽気な木彫りの墓標で有名な村だ。
その墓の主の人生で重要な出来事が素朴な木彫りのレリーフに
彫られ、鮮やかに彩色してある。墓地に行くと、
たくさんの幸せな人生に囲まれて、何となく暖かい気分になる。

宿を提供してくれた家のおじさんが呼びに来た。
近くの小さな村で、一番小さな家に赤ちゃんが生まれたというのだ。
早速、みんなで見に行くことになった。

少し山の上の方にあるその家は、本当に絵本の中の家のように
小さく、可愛らしかった。8畳一間位しかないのでは、と思えるほど。
家の前に一本の低い木があり、枝という枝にカラフルなホーローの
カップやヤカン、壺、鍋などが掛けてある。これはこの地方の習慣。

家の中は綺麗に片づいていた。壁一面分の木の棚に寝具や
リネン類が収納され、そのどれもが赤や黄色や黒の鮮やかな
縫い取り織りで、部屋の装飾をかねている。
棚板には奥さんが編んだレースが貼り付けられ、
優しいムードを醸し出していた。
明るいブルーのペンキで塗られた壁にも奥さんやそのお母さんが
織ったという布が掛けられ、絵皿が飾られている。

その童話のようなおうちの中に、ちいちゃな生まれたての
赤ちゃんがいたのだ。
古い木のゆりかごの中に、天使のような女の子が眠っていた。

村の人がたくさん集まり、楽しい会食になった。
都市部では食糧不足が深刻だったが、自給自足の農村では
単調ではあるが、かなり豊富な食生活をしていた。
お父さんが屋根裏で作っているベーコンは塩がきつく、
よく燻されて強い香気があった。
その濃厚なベーコンを小麦、チーズ、ミルクと合わせて
煮込んだポリッジがもてなし料理だった。
こってりしたポリッジにプラムから醸造したという
強いお酒がよく合い、話も弾んだ。

私から見ると本当に小さな村、サプンツァの人々が
「いや~小さな村に小さな家、赤ちゃん、可愛くていいね。」
などと口々に話し、小さいものを愛おしむ気持ちと
お祝い気分で一杯だったことも、とても新鮮に感じられた。

あの小さな村へのピクニックとランチを思い出すと、
今でも子供時代に旅をして帰ってきたような、
懐かしく、暖かく、ワクワクするような気持ちになる。


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