迷子の大人たち

2010/03/25(木)08:50

ユル農業研修 大豊編13

農業研修(86)

2月22日。研修12日目。 朝。山が、静かに泣いているように、霧がかっていた。 霧というより雨雲の中にいるようだ、と農場のある標高800mまで登る。 登ってくると上はすっかり晴れ。見下ろすと下界は雲海の下に隠れていた。恐らく昼までにこの雲は晴れるだろう。 朝一の仕事は喫茶店の軒先増築の手伝い。 この大工さん、二級建築士の資格を持ちながら大工もやるというジェネラリストだ。主にログハウス建築を得意としているらしい。 臨機応変がモットーでちょっとした軒先なんか作るんなら図面なんぞ引かないんだそうだ。カッコええな。見ているとお金をかけずそこらへんにある道具を工夫して次々に柱の垂直を図って正確に軒を組み立てていく。 私は、寒いからドラム缶で焚き木をするように渡辺さんから言われたので割と得意になった火起こしをしていると引越しを手伝ってくれたOさんが湿ってるけど燃えるだろ、と少し湿った薪をポンと投げ入れた。 その微妙な湿りに苦戦していると暫らく喫茶店に入って娘さんと話をしていた渡辺さんが出てきて、まるでみんなに聞かせるかのように大きな声で一言。 「池田くんは火起こしもできんのか」 ・・・・・・。同じ土地に異郷から単身来て農業の後継者となろうという人間に向かってそんな厭味を言ってまでオレは勝っている、と自己顕示したいんですか? ええ。私はあなたの意図する通りに。哀しくなり、ヘコミましたよ。これで満足ですか? 余りに使えないヤツだと思ったのか、それとも凹んだ私を見て満足したのか。すぐに私だけ別の所で大量の薪割りを命じられる。この夜、娘さんが運営する農家民宿に7人ものお客さんが泊まるためらしい。 もうこうなりゃ農業だか林業だか、わからん。でも一人きりで仕事ができるだけで幸せだと思う自分が居た。 沈うつな気持ちで一人黙々と薪割りを続ける。養鶏をやりたいと思って四国に来た俺はこんな山の中で一体何をしているんだ? なぁ、マルよ。知っていたら教えてくれ、友達だろ。 午後は今日も放牧場の草刈り。一人きりということだけがせめてもの慰めだ。 この数日間、鶏のヒナを飼うための設備をそろそろ作りたいのですがどうすれば良いでしょうかね?という相談みたいな形として渡辺さんにそれとなく養鶏を始めたいというアピールをしていた。 だがその返事に驚いた。そんなことは週一度の休みの日にやれ、というのだ。・・・・・んん!?これは一体誰のための研修なの?と、さすがに言葉が出そうになる。 ・・・・・・と悔しく思い出しながらともかく目の前の枯れ草を黙々と刈りつつ、日が暮れた。こうなっても仕事に手を抜かないのは誰が認めてくれなくても神が見ていてくれるだろう。いいや、なにより自分自身が見ている。 こうして2週目の研修が終わった。 今日もふれあいセンターの風呂で広い湯船に一人浸かりながら思う。 ああ、どうして渡辺さんはあんな厭味を言ったりするんだろうか。ある面では非常に面倒見がよくて感謝はしているんだけどな。と、どういう訳だかふと昨年のことを思い出した。 ・・・・・・そう言えば、昨年11月に初めてログハウスに泊めてもらった時に息子さんの話をしていた。その際に跡取りが居なくなったので誰か養子にでも来てくれたら・・・・・・というようなことを話していたよなぁ。  ・ ・ ・ あっ。 確かにここの娘さんは20代後半で嫁入り前の独身だ。その時は特に気にも止めていなかったのだが、今湯船に浸かりながらその言葉を思い出した途端、山にかかった霧が一瞬にして消えたように思えた。 養子? そういうこと?離婚の原因を何度も聞かれたのも、資産状況を詳しく聞かれたのも、まるで息子のように厳しい態度だったことも、あたかも独立を阻止するかのように養鶏に触れさせなかったのも。全てそういうことなの? 勿論、これが真相だというつもりはない。でもその時の私は、自分が純粋に農業を志して遠く四国まで来た、その気持ちを汚されたと思った。 一度そう思ってしまったらあさってからまた渡辺さんの顔を見ながら研修を続けて行くというのは明確に無理だと思った。 確かに自分をごまかしながら渡辺さんに雇われているつもりになって月15万円を町と県からもらってその内の10万円を貯金しつつ半年か一年かを無難に過ごしてさっくり独立するという方法もあるだろう、とも考えた。 でも、月に15万くらいなら適当にバイトしてたって稼げるんじゃないの?だったらここで働いている意味は?? 運がいいんだか、悪いんだか、まだ研修費を一円ももらっていない。ならば正式に研修生になった訳じゃないんでなかろうか。ならば取るべき方針はただ一つ。 明日丁度休みなので高知市内のネットカフェで情報を調べまくり、次の研修先か何か目途が立ちそうなら即刻研修を中止だ。 そんなことを考えながら風呂から上がると気持ちがすっきりしていた。 私の生き方として、現状やるべきことは誰かに媚びながらわずかなお金をもらって卑屈にコネを使って農業を始めることじゃない。 そんなことをして始めた農業なんか胸を張って仲間を増やすことも、後輩に何かを伝えることも、きっとできないに決まっている。 私の心の中で、大豊での農業研修はこの時終わった。 風呂から歩いて自宅へ戻る途中、夜空を見上げると冬の星座、オリオン座がまっすぐに心の中に飛び込んで来た。 以前紹介したように、オリオンの左上の赤い星、ベテルギウスが超新星爆発を起こし新しい星に生まれ変わる兆候が見られるというニュースをこの時思い出していた。 農業研修 大豊編 完。 「ねはんの里」 

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