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木漏れ日の空間にようこそ !!

○謝るなら本人に謝らなくてはいけない


謝るなら本人に謝らなくてはいけない



中野富敏、谷口健彦などかってのGLA幹部は、私が幸福の科学に転進したことにより、当方との懸念事項の件に付いて、幸福の科学大川先生に謝っ事た、事実があるのではないか?と、想像します。
仮に事実だとして、彼らからすれば、大川先生は救世主でもなければ神格の魂でもないのです。
彼らが高橋佳子を通して、彼らにとって、あの世で神になった高橋信次氏に謝るとするなら、思想としては神に謝ったのですが、大川先生に謝ったでは、彼らからすれば他派の宗教の教祖に謝ったに過ぎないのです。 



そういう人に謝ると云うことは、彼らの思想をよくよく検討すれば、よその会社の従業員に謝るべきことを、その会社の社長に謝ってコトを済ませれば良いよい、とすることと同じなのです。
人類の最高責任者に謝る事とは意味が違います。人類の最高責任者に謝るとしても、おかしいけれども、トヨタの▼×顧問も同じようにして、当方に謝るべきところを、大川先生に謝ってコトを済ませようとした、形跡を感じます。



しかしそのよう行為で、事態を解決できる分けがないのです。人格者と言われているようなひとが、そのようなことを認めれば、社会通念のようになって広まります。もしそうであるならば、最低顧問と言わざるを得ません。
何事に関しても、自分で行ったことは他人に行ってはいけないなどと言えなくなるのです。いわんや法秩序の番人である司法関係者が認めれば、礼儀作法の概念を根底からくつ返すことになります。



一線を越えてしまったものは、コトを穏便に済まそうとすれば、却って問題解決がむつかしくなるのです。私に打開できる問題ではありませんが、当事者して言うだけは言わせていただきます。
又そのようなことが可能になれば、袖の下に小判を入れて、などと云うことに進展しかねません。皆様監視だけは良く監視しいていただきたいと思います。





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