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◇超能力の闘いもあり得る(3)


超能力-9



■先のページで超能力の戦いもあり得ると記しましたが、同時に邪な超能力は消滅するべき運命にあるとも示唆しました。但し、私の願望であって真実か?どうか?は知りません。唯、宗教の場合は、希望の持てないような思想は何の意味もないのです。神は存在し、正しい者を見放さないとしなくてはいけないのです。そのように想わなくては宗教ではないのです。私の記したものは、全て上記の前提で記したものですので、そのようにご承知下さい。胆略的に考えれば、邪悪な超能力は消滅する運命にあるなら戦う必要は無いのではないか?と言った疑問が生じると思います。消滅の仕方はいろいろ有ると考えれば解ります。

次に列記することにします。但し、思考錯誤の中で誘導したものであり、実際に見聞ものではありませんので、胆略的な対応をしていただかないようお願いします。(1)邪悪な者と真実のものが戦って邪悪な者が敗北することによって消滅する。(2)邪悪な者の同士が戦って共倒れとなり消滅する。(3)邪悪なものの超能力が削がれ自然消滅する。超能力者か自滅すると云うことは、超能力が徐々に弱くなり遂には、消滅すると云った過程を必ずしも取らないのです。そのパターンはいろいろあると思いますが、一番気を付けなくてはいけないものは、真実の霊能力から、幻覚妄想に徐々に進行していくものです。本人は、全く気付かないままに廃人同様になってしまうのです。

如何なる説明があろうし7とも、他人に危害や支障を他に与えているような超能力は、安易に信じてはいけません。「自分は友好的であるから大丈夫だ!」と思っていれば「今日は人の身、明日は我が身と云う事態になります」精神異常などのだいじに至る前に、あやまちに気付き反省すれば、超能力は失っても、正常人として生きることは可能とおもいます。しかし、反省すれば超能力を回復できると云うことはないと思います。理由は、反省が欺瞞になるからです。即ち、超能力を回復したいための反省になるからです。一度でも超能力を失った人は、必ずそうなるのです。神の掟が厳しいのではなくて、本来超能力をもてない人に、神が慈悲によって願望をかなえていただいたと解釈すべきです。

さらには、邪悪な者は必ず滅ぶと云っても、ヒットラーやスターリン(死後権威の滅亡)のような滅び方も考えられます。自分が死んでから滅んでもらっても、霊的な意味はあっても、この世的には、怨念の対象となる存在のでしかないのです。神を信じても、必ずしも自分の都合の良いようには、邪悪な者は滅んではくれません。神を信じるとはそのような胆略的なものです。やはり自分(達)のことは、自分達で自己防衛しなくてはいけないのです。さらには、超能力の戦いと云っても戦場はこの世ですから、元々この世での戦いと表裏一体もしくは並行しているもので、邪悪な者の超能力が無くなっても、この世では戦い続クことを考慮しなくてはいけません。

ノウハウ事件に例をとるなら高橋佳子の超能力がなくなっても事件はつづくのです。そして何処から何処までが超能力の戦いで何処から何処までが、この世的な戦いか?などと一線を画すことなどできないのです。どちらにしろ、霊的な敗北に関しても事後処理は、この世的に行われざるを得ないと思います。超能力は霊的現象に属することではありますが、舞台は、この世で行われることですから、舞台の設定条件を外れた行為は不可能なのです。例えば、霊的には妥協などといったものはなく、完全に調和するまで戦うことになります。この世ではそうは行かないのです。戦いの過程の中に生じる現象は、千差万別となると思います。途中で和解したりする場合もあるでしょう。唯、霊的な戦いは利害損得中心では勝てない処が違うにすぎないと思います。






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