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 b02【宗教論議と霊界について・・】
私は、キリスト教徒ではありませんのでキリスト教に「さじ」の依頼を行 わなければ、法王庁の宗教裁判を受ける言われはありません。但し、原則です。宗教が、この世的権力に拘束されていれば、宗教的な原則は意味がありません。したがって、「さじ⇔審議と判決」は依頼しませんが、アイデアは先取りで利用していただいても結構です。(キリスト教圏の国でも他の宗教もある)但し、総理大臣がを依頼すればどうなるか?については知りませんが、本当の「さじ」が現象化するとしか答えられません。審議なら私は一般人としなくてはならないでしょう。高橋佳子や大川隆法は審議の対象になるでしょう。(政府が宗教法人として認めている)

私の霊界観は、自分の創作であると前置きしています。自分自身の心の中に生起する現象であり、万人に共通する真理であるとは言ってません。同様論点からすれば、大川隆法については、彼にに取っは真理であると主張しても、私を含めて何者も否定はできないのです。(批判はできます)信じたい人は信じればよいのです。(批判はできます)私が創作公開した霊界事情は、信じてもらっても責任は持ちません(自分でも信じてはいないのです)それぞれの人が心の中に去来する現象について、参考にしてもらうために氏したものです。又、霊界事情など思惑通りにはなりません。思惑通りに進展するか?どうか?は別のところにあるのです。

僅かではありまが、大川隆法と谷口健彦との、霊的因果による想念上の議論をテレパシー現象で傍聴したことがありますが、聴けたものではないのです。でたら目と同じなのです。「吐き気を催すようなものです」何故か?を考えれば、物語にしろ因果にしろ、正当性を測る尺度がないからです。嘘だと思ったら検察は実際に対面なり、傍聴可能な電話で議論させてみれば分かります。文書の交換で議論をおこなえば、弁証法を防げるからが一番よいのと思います。事実なら、私のテレパシー能力も確認できます。私自身未も正確には確認できていないのです。尚、大川の隆法の宗教は、霊界物語で味付けした、人生哲学に過ぎません。

人生哲学であっても、道徳に反する行為がなければ、十分宗教として通る世の中です。誰か?が宗教を説いていますか?又、宗教は思想であり思想は統一できないのです。したがって、政際一致は邪道と言えます。政治は宗教と切り離れていれば、他宗だからと云って、この世的なアイディアをこの世的的な常識に従えは使ってはいけないと言う論理はないのです。誰にひつようか?受け入れられるか?なのです。キリスト教でも密教でも買春行為が罪になるなどと云う教義は、教義論争では勝てても悪魔には勝てなくなります。いくら霊的現象が起きても自分だけでは駄目なのです。よくて一代止まりです。キリスト教は奇跡がなければ権力に取りこまれると思います。(2011-04-22)



 






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