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b09【宗教に指令が成り立つと強権が興る】
力の宗教を未熟者が説くとこの世的な力を利用することとすり替えられます。キチンと説くには、客観的に観て力の基いとする概念が徳性になっているか?どうか?がわかるように例示が欠かせません。この世的な力を求めると、盟約や約束が介入します。盟約や約束は協調とすり替えられ易い概念です。「私は協調など約束するつもりはありませんん」協調と調和は違います。約束などにこだわれば、法律や道徳を二重(宗教に関するものと一般に関するもの)に創らなくてはならなくなります。宗教は、道徳や法律を含むものでなくてはならないのです。上記意味の解らない者は、宗教とは何か?が解っていないのです。倫理は道徳で行ってもらうべき概念です。宗教に持ち込むとマインドコントロールに陥るだけです。

宗教に義務ありません。道徳には道徳的義務はあります。道徳的義務には法律のウラ付けのあるものと無いものがあります。どこが違うか?については各自で考えてもらいます。又、宗教には参拝と云う行為はつきものです。例えば、正心精舎(正心精舎は幸福の科学の専売ではありません)に赴いて、神に象徴される霊魂を参指令していま拝することは、道徳ではなく宗教の行為であります。幸福の科学では、参拝をした(義務付けていました)宗教に指令が成り立つと(社会風潮となると)強権が興ります。ボランティア活動は、集団で行なう者に関しては、道徳が必要になります。個人で行なえるものは、宗教心(良心に従えれる気持ち)があれば十分です

指令可能なボランティアそのものば、欺瞞であると言わざるを得ません。社会に霊的強権制度が樹立されます。新たな社会風潮になります。「何を企んでいるのか?」と云いたくなります。日本のボランティアは欺瞞です。ボランティア活動そのもの以外に副次的にカルト思想に利用される要素を持っています。又、如何なる行為と云えども義務付ければ指令と言わざるを得ません。他人の自主行為に関する内容に、巧妙に指令(義務)を介入指せた者が豊田章一郎です。現在(2011年1月当時)に至れば、彼が国際マフィアのドン(異議があるなら何故処刑候補になるか)となっていることも視野に入れなくてはならないのです。どのようにして他人の他人の自主行為に関する事がらに介入したか?

答えは、組織の責任者やリーダーの、頭越しに、それらしい理由を付けて介入したと推測せざるを得ません。(それらしい理由とは、道徳に義務備えた概念です)私は、具体的なことは知りませんが、個人的な金輸機関(例えば貸金庫)を持てれば、組織団体の責任者、リーダーの頭越しに組織、団体に介入することも可能になると思います。したがって、国際マフィアノドンになっていても不思議ではないと推測します。私は、別記してあるように、推測で記せる条件を持っていますので、上記に関しても豊田章一郎から、名誉棄損で提訴されることはありません。彼は、この世的には法の弱点を利用するような立場ではなく、法の弱点を護らなくてはならない立場にあったのです。神に象徴される高級心霊の立場から観れば、悪魔の手下としてしか観られないでしょう。
2011-01-26⇔木漏れ日の空間「宗教に指令が成り立つと強権が生じる」再編集










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