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b13【己を信じるとは己の言行を信じることではありません】
己を信じて生きたい人は、良心に外れたことを想うことは戒めなくてはいけません。言行に出したものは責任を取るべきです。取れなければ謝罪すべきです。道義的損害賠償とは新語になりますが、法律用語に直すことも、道徳用語に直すこともできると思います。「以上で宜しいですか?」と確認は求めません。警察に自浄作用が利かなくなれば、一気に霊社会に突き進む可能性があります。以後は私の関与することではありません。私は段階的な進み方で説明していました。

警察の自己責任に留まるのか?国民全体の責任になるのか?国際社会まで事態が進むのか?も知りません。(推測や予想は致しません)唯、私周辺は難を被ることはないと信じています。但し、想念上のことで生活上のことではありません。周辺とは何を指すのか?説明も必要ありませんのでお間違えのないようにお願いします。  己を信じるとは、己の行うことを信じるとは意味が違います。行ったことが思惑と外れて結果が出なかったら、責任を取れる己を信じなくてもできると思います。しかし、結果など確信の持てるものではありません。責任が取れなくなる場合もあり得ます。

何処がいけないか?己を信じると云うことを特定の行為と同一視するからいけないのです。悪党でない限り、誰でも良い結果を念頭に置いた行いをするはずです。(良い結果を信じて行うことではありません)唯、結果を信じた行いであれば、後から自分は悪党でも、精神異常者ではないと言い訳はできると思います。己を信じれば結果に責任の持てないことは行わない筈です。結果が芳しくなくても責任を取る覚悟があれば、(覚悟は命に関係しないことでも行えます)何事かは行えるはずです。要するに言行にして心の外に出す前の想念行為を信じなくてはいけません。他人から指摘出来なければよいと云うものではありません。おわり(12/01/04)

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