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 b24【宗教は小乗思想の在り方で違う】
小乗がキチンと(師に着かなくても良い)理解されないまま(究めるとは違う)大乗に走ると悪魔に足をすくわれます。例えば功名心に傾いていても気付かない等。当ページに記す宗教理念とキリスト今日の違い、一般にはできないこと、例えば「左の頬を打たれたら右の頬をも差し出せ」を普遍的な教義としていないことです。仮に、自分には反作用が起きるから大丈夫でも、反作用の起きない人もある。しかし、行わなえば誰でも反作用が起きるかもしれない。したがってキリストの教えが間違いとは言えない。(試してみると云うことはことはできません⇔真心、即ち本当に相手のことを考えて行う行為でなくては、反作用は起きない⇔真心は身に着いて居れば、特に考える必要はない⇔小乗の問題⇔試すでは目的が違います)

仏教では、小乗(思想⇔原則は自ら答えを得ること)を治めてから大乗に移行することを基本としていますが、大乗を行うことの中で、小乗の在り方に気付いて行くとと云う思想もあるかも知れません。しかし、上記思想は、この世的な常識からすれば、エリート向きと言わざるを得ません。いわば特権思想です。又しかし、魂はこの世的に限って論じられるものではないことも事実です。エリート思想もあり得るのです。自己責任にするしか仕方ありません。選択の自由があれば、結果は自己責任になります。間違っていても最善の努力があれば良心の抵触は解消されます。

以上は、宗教を含む、倫理に関する思想の自由に関して述べたことであり、他の分野に属する思想に関することは関知しません。原則と基本の違いは哲学者にお訊き下さい。霊的なことは、原則としては研究の対象にはなりません。研究が(つづければ)追及になるからです。追及すればいずれ場神の存在(存在するか?どうか?)に着きあたります。ただし、検証は可能と思います。(一人では検証できないから推理になる)志向は飛躍しますが、谷口健彦の姿はオハラ樹脂工業で身受けました。参考として二千年の昔は、哲学者は科学者でもあったのです。哲学者は宗教家でもあったのです。私は、良心を説いている以上宗教を説いていると自認しますが、哲学者でも科学者でもありません。

幾何学上で、四次元球体が循環と定義でるか?鳥の雛にのDNAには流体力学の設計が組み込まれているのか?それとも必要に応じい設計が組み込まれて行くのか?設計は流体力学呼応(呼応していただける)の件してとは異なった構造になっているのか?尚、テレパシー開発ノウハウの有効性に関する、超能力者(霊能力者)の呼応(呼応していただける)の件して、2011年07月07日現在世界に該当する超能力者が100~1000万人存在(暫時増加することは考えられる)するとして、殆どが存在の確定はできない人達と考えなくてはなりません。私にとって確定できない存在は、霊的に目上の存在(善悪はあるかもかも知れない)と位置付けられます。霊的に善意の目上の霊が存在が判明するような形(判明すれば最後には切り結ばなくてはならない)で指導又は、協力するばはないと思っています。(2011/07/06)










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