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木漏れ日の空間にようこそ !!

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b53【人間の手で地球環境を護ることは道理に適っている】
私は初めに地球環境は「神の創り賜もうた」システィムであり、人間が護らなくてはいけないと記しました。神の創り賜もうた」システィムなら神が護ればよいではないか?との反論の存在は知っていました。実際に反論されれば、(仮想相手は大川隆法です⇔余計なことではありません。皆が真似をすれば、余計な議論を持ち出せなくなる)「良識である」でもよいと思いましたが危ういので「霊感、もしくは感性、六感だ」と答えるつもりでした。しかし、経緯をたどって前ページ「知能の働きも本能に含まれる」に記す道理の存在が明らかになりました。上記で主張したいことは、はじめに、くだらない云いがかりに相手にならずに「良識」でハネつけておけば後からでも説明可能になると云う例です。

「高橋佳子が怒って何ができると云うのか?」「霊魂を抹殺できると云うのか?」「彼女が処刑されれば私も死ぬのか?」「殺せるものなら殺してみろ!」以上は、私の抱えるドライアイス状の部分が解消されない限り、たとえ彼女が死亡しようとも必然的に記す必要が生じますので、生存しているなら、率先して事件の解決に取り組まなくてはいけません。(霊的には自分のためですから異議は唱えられません)又、不都合(あの世に還っても)が生じないなら、なおさら異議は唱えられません。云わば、時が止まった状態に在るのです。以上は霊的立場で記したもので、この世的な立場では政府の責任であると言うしか仕方ありません。

私の過去生は存在しているのか?存在していないのか?答えられる人には答えてもらいたいと思います。人間が転生するとしても、現世の霊魂も過去生の霊魂も同じでなくてはなりません。霊魂を抹殺されれば、過去生はなくなります。(この世の生を失っても霊魂が存在すれば、過去生は存在します。この場合は第二過去生と云うことにします)しかし、私はこの世で未だ生きています。因果の後先の入れ替えは不可能ではないかも知れません。その根拠は未来は確定されていると云う説です。同説が正しければ、因果の入れ替えが可能でなくては成り立たないと思います。但し、感性によるものです。興味を持たれる方は検討して下さい。(2011/12/17)

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