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木漏れ日の空間にようこそ !!

▼【記事の要点を記す(1)】




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【道徳の中に法律がなくては権力に利用される】
性道徳に関して相変わらず、有識者らしき人達の批判めいた想念が入ります。が、証拠や根拠のないことに対して「自分のことを棚に上げで他人を批判するな」とは言いません。しかし、上記反論は糠に釘で無意味なのです。私は他人や権力に利用されるような道徳を提供するつもりはありません。後々の世に「始祖はこのように行いで示した」などと模範行為として利用される恐れのあることは行いません。(他人の教えの模範行為はお行いません)キリスト教の性道徳など可能であれば何時でも犯す用意があります。不可能であれば犯さないだけです。但し、自分の宗教の中に示している道徳は犯しません。又、今更改めて性道徳について記すつもりもありません。

ただ一言付け加えれば、竹下は合意であれば相手の人生を破壊しても性道徳に違反はしていないと主張するかも知れませんが、私はそのよような行為は道徳とは認めません。巧妙な口説きの術と認識します。(本能の理を持ち出して正当化を暗示する)人間は神のシスティムを利用してはいけないのです。いけないのではなくてできないのです。(最後は行き詰まる)相手の本能に付け込んでいるとしか解釈できません。私は本能に付け込むようなことは行いません。道徳ではなく本能を尊重していると竹下から主張されれば「本能に付け込む行為」と断言すれば名誉棄損になりますか?本能を尊重して従う行為は道徳が?どうか?検察は検証しなくてはいけないのではないのか?道徳でなければ何になるのか?

道徳が宗教によりマチマチなら法律もマチマチにはなりません。それぞれの道徳の中に共通の法律を入れることが可能だらです。国(国民)が決めた共通の法律が入れられなれない宗教は宗教として不適切であるか?国が権力に専横されているのです。民主主義体制をとる国とは云えません。さらには、宗教や道徳の中に法律を入れることは不可能(ナンセンス)であるとの主張に対しては、文言で入れるのではなく「法律には従わなくてはいけない」と付け加えればよいとお答えします。但し、法律は何時でも変更できますから道徳と対立する場合も起きると思います。又、法律が権力に支配されれば、特定の宗教を潰すことを狙って法律を創ることもできます。上記は神の判断にゆだねるより仕方ありません。

私の第六感ではキリスト教は既に政治に利用されていると受け止めています。(権力に支配されている)仏教は他国のことは知りませんが日本では首の皮一枚は残していると云えます。宗教が政治又は権力に利用又は支配されていると云うことを具体的に記せば次のようになります。一つは末端の神父や僧侶に警察や政治家が情報提供の名のもとに圧力を掛ける行為ですがこれが公然と行われるようになっては世も終りです。二つが神父や司祭がもうキリスト教は駄目だと認識しながらも、(駄目な内容を知っていながらも)権力から「守るべきことは守らなくてはいけない」等と逆に説教されて立て前だけの教えを行う行為です。以上一般には解かりにくい現象ですが事実調査を行う手段もありません。事実なら宗教に携わる人達が反感を抱きます。重要なことです。諦めれば例えの一のようになります。(2014/01/02) 



 

 


 【最後とは神の自己矛盾のことかも知れない】
最後には各々然々になる。最後には決断しなくてはならなくなる・・。等の最後は、概ね条件となるテーマがなくては意味がありません。私の当ページに記す記事に使う場合は該当する記事の内容から「最後の概念を」特定してもらえると思いますが、想念上のものは特定できないももあったかも知れません。本来想念では前提となる概念など現さないでよいようになっているのです。ことさらに表せば重複します。しかし、文章や言葉に出す場合はすり替えを行うことができますので、必要のある場合は確認するべきです。あいまいな前提で「最後にはヤル」と言われれば私は「お前の言う最後とは自分の死ぬ直前のことか?」と言い返します。当ページに記すテーマの一つは、法治破綻社会の霊的意味です。

特定霊魂の思想をきっかけに想念上で頻繁飛び交う最後とは、人類滅亡か?存続か?の岐路とも捉える事ができます。上記が私の想念上の現象限られるものではなく普遍的な現象であれば、私は「君は存続を選ぶのか?滅亡を選ぶのか?」と問います。今存在している万物は、神の前には、神の意志が例え滅亡であっても存続を選ばなくてはならないようになっていると答えます。神のシスティムと万物のシスティムが食い違うこともあり得ることになります。人間の理解では神の持つ矛盾になります。私の宗教では理解を超えた概念になっています。人間の法治破綻から核戦争になっても一部の哺乳類はおろか、人間さえも全滅することはあり得ないのです。いわんや植物や細菌、ウイルスは滅ぶことはありません。

但し、人間は滅んでも霊魂が滅びなければ、宇宙空間の他の場所、例えば他の惑星に転生できるかも知れません。神が存在すれば各自の行き場所は神によって決められるはずです。神による賞罰は避けられないと思います。又最後が宇宙の消滅であれば、神の自己矛盾かも知れません。それも人間の理解です。仏教で云うところの万象現万物の万象は出来事のことです。万物があって現象が起きるのですから万物の最後は宇宙の最後になります。神の矛盾を考えれは、いたずらに「最後」を口にするな!と言いたくなります。「お前は神の矛盾を指摘したいのか?」さらには霊魂の存在を唱える者が神の存在を否定しなくてはならなくなります。(霊魂の存在を唱えなければ神の存在を否定できます)無意味に最後を唱える者は、神と言う最終審判者の存在を否定したいのかも知れません。(2014/01/03)
 



【隠された意図を検証してもらいます】
当ページに記す内容は人類にとって重大な意味があります。凌辱獄門が事件として表面化したことは如実に表しています。勿論、私かが表面化したのですが、私が表面化しなければ同類の事件は重大化を伴って何回でも繰り返しおきるのです。したがって表面化した以上原因と経緯を検証しなくては意味がないものと考えます。神が存在すれば必然的にそのように進展します。関係者は死後の想念の中でそれぞれが正当化を主張することになります。上記を踏まえて増田悦子さんにお願いします。以下について娘の純子に「親の言葉だと思って聞いて下さい」と言って伝えて下さい。オレが幸福の科学に入会することを勧めた分けではではありませんが、入会しなくくてはいけないような言い草をするから、誓願料祈願料、東京の後援会の旅費などで年平均五万円は出費しているのです。家内はもっと出費しているはずです。

しかも、職場で起きる不都合をGLAを通して豊田章一郎に伝えられなくなったため家内を通して行わざるを得なくなり、喧嘩の原因になっていたと同時に家内にも負担をかけることになたと云うことです。以上は家内の格上話し合いで行える性質のものではなかったのです。そのようにお伝え下さい。さらには、別居してからでも上記苦情を言いに面会に行ける分けはないではないか?お合い相の言葉でもよいと云うならそれが甘えです。オレ反省は欠けた所走らないが、キチンとできているのだ!幼稚な思考で判断するなと云うことです。幼稚な思考では反省も幼稚になりる伝えて下さい。何で幼稚っぽいか説明すれば、自分の不明を知らぬままに親の私に謝罪を要求するから幼稚っぽくなるのです。深層意識で解釈すれば親に対して甘えていると云うことになります。高槻礼子さんに訊いてもらえば解かります」
 



 【新制度に移行するに当たり国民の皆様にお知らせします】
公安委員会が、できることを行わないで、当ページに記す死事件に関して解決できないことに決めて、私を殺害しても事件は解決しません。内閣総理大臣が責任を取って退職しても解決しません。次の内閣に後始末を行わさせられるだけです。後始末を行うにはさらに大きなスズ隠しておトボケ行政を行わざるを得なくなります。衆議院議員選出制度や内閣総理大臣指名精度を変えなくてはならなくなりますが、それもできません。ここで言う「できない」と道理筋道に沿ってできないと云う意味です。勿論、道理筋道、規則(法律)を外して行えばできますが、それは、不法行為として国民の一人々に提訴する権利が発生します。極端なことを言えば暴力団でも、前科者にも提訴できる権利が発生すると云うことです。

残された道は唯一つ道理筋道を外さないで新しい制度を創ることです。新制度に移行することです。但し、規則、法律は無視されなくてはできません。理由は、旧来の規則法律を護れば、事の順次に抵触するからです。(ことの順序に影響を与えない規則法律は守れます)国民の皆様にも責任がありますのでよく考えて下さい。ムヤミな反対は、暗殺の対象になります。勿論、暗殺は外国が行うことになりますが、それは、困ると云うなら政府内閣は正式に事件解決の協力を要請しなくてはいけなくなります。但し、協力の要請できる条件は、正しい規則法律に沿ってできな内閣でなくてはいけません。(暴力団に提訴されるような内閣に正式に協力できるはずはありません)とりあえずは、構想だけはお知らせします。「それならヤッテみろ」は「ヤレルものならヤッテみろ」と云うユニアンスがあります。お立ち去り下さい。
 



【本音と想念の中身について記す】
想念の中身に関して谷口健彦の感想とも思想とも受け取れる想念が入りました。即ち、
この世的な「行ってはいけないか?よいか?」は霊的には「できるか?できないか?」と云うことに置き換えれます。 何で今更このような言葉が彼の想いの中から出るのか?怪訝でなりません。上記言葉の意味は私が霊的な意味の解釈として既にに公開すみなのです。上記はこの世から法律を全て排除すれこの世的にも通用します。法律が存在する以上霊的な捉え方と区別をしなくてはいけません。法律は神のシスティムの中に神から自由意思として創ることを許諾されて人間が創った人間の規則だから認めなくては神の許諾を否定することになります。彼の魔性を暴き出すためにも国連に綿密な調査要望する次第です。

私が彼の想念の中身を解説すれば、彼は、「オレだって初めから解っている」唯この世のしきたり上言えなかっただけだ!とも解釈できます。彼は、GLAの教えに従って宗教を人々に指導していたのです。事実ならGLAの講師としての立場は欺瞞で勤めていたことになります。高橋恵子の教えも最後は力勝負になりますので事の順序を追って理解にたどり着いたと言うなら講師の立場もあながち欺瞞ではありません。唯、最初から解っていたとすることは欺瞞になると云うことです。しかも、ことの順序を追って理解に辿りついたのか?最初から解っていたのか?も明確にしないで唯、想念の中を放任しているとしか解釈できません。この状態では彼の想念の中は、霊霊、悪魔も出入り自由になります。一見気楽な感じを味わえると思います。

以上はが事実なら、これは危険な状態であり、悟りとは程遠い心境と断言せざるを得ません。確かに想念の中では本音は隠すことはできません。「お前の本音は何か?と言いたくなります。私は、最早彼の想いの中身を詮索する気持ちはありません。しかし、彼の想念の在り方を公開する必要があれば詮索しなくてはならなくなります。彼は、上記「行ってはいけないか?よいか?」は「できるか?できないか?である」である意味を自分自身で発見したのか高橋恵子の教えに従っうことによって発見できな概念かをしっかり自覚しなくてはいけないのです。(自覚なき言葉を吐いているとあらゆる霊魂の出入り自由になります)想念の中にAと言う悪魔が入ればAが自分としか認識できないのです。(2013/11/22)
 


 


  【日本の仏教四宗派とアメリカのデューク大学の研究グループを紹介する】
仏教四宗派について私なりに違いを述べれば、真言宗がテレパシーによる指導に重きを置き、漕洞宗が小乗の修行に重きを置き、日蓮宗が大乗の教えに重きを置いているとか考えます。(時代背景が鎌倉時代の後期の騒乱時代発祥だからどうしてもそうなります)但し、詳しいことは知りません。浄土真宗(他力本願⇔仏の力で望みを叶える、の印象はがある)は大川隆法につぶされたと思っています。勢力では二番手であった宗教がアット云う間につぶされたことは不思議なことですが事実です。以上は宗教は時代を映すものてであり時代背景が変われば新しい宗教が生まれることを示唆するものです。

アメリカにはデューク大学と云う大学が宗教と切り離して霊的現象を研究してました。現在同大学が存在するか?どうか?知りません。ミズウォリー州のテレパシーの大家もデューク大学の研究チーム出身だと思います。私はデューク大学の霊現象研究については、本山;某の記した書物で知りましたが、いくら宗教と切り離しても、人知で推し量れない領域に入れば神の存在を認めなくてはならなくなると直感しました。神の存在を認めれば宗教の働き認めなくてはならなくなります。宗教を認めれば特定宗教の是非を判断しなくてはならなくなります。第三者の立場でさまさまな宗教用の是非を判断しなくてはならなくなります。要するに宗教と切り離して霊的現象を研究しなくてはならなくなると後日解りました。

しかし、上記は自己矛盾になります。不完全ではありますが(最終的には神を認めなくてはならなくなるが)唯一つ宗教と切り離して霊的現象に取り組む道があります。それには良心とはいかなるものか?知らなくてはならなくなります。良心の働きの意味を追及すると神に突き当ります。したがって良心の現れ方だけを知るに留めなくてはならなくなります。説明すれば、人間は経験や歳を積むにつれて良心の置きどころが変わってきます。(良心の判断尺度が変わってきます)したがって行いも変ってきます。以前行った現行と異なった減光を子なわざるを得なくなります。上記現象を良心に問うてどのょうなな回答がえらるかは普遍的な回答を出すことはできません。個人の問題です。仏教で言えば小乗の問題ですです。

私なら事の順序を取り入れて自分自身の回答を出します。その他には、幼少時のころから悪を捨て善を取る習慣が付いていれば上記問題はクリアーできます。しつけが必要になります。しかし、それでも良心の問題は避けては通れないと思うのは浅はかです。ことさらに良心に照らし合わせなくても体験や年齢に応じた善悪の区別が判るようになるのです。解りやすく説明すれば途中で躾に反したことを行うと上記能力(直感の能力)が削がれるのです。何んでそうなるか?は不思議でも事実として認めなくてはならなくなります。以上に関して心の底から批判の湧き出るひとは、反論を出して文部科学省に提出していただかなくてはいけません。(2013/11/20)
 


 


【警察による人権侵害を実例示す】 
家内が「もっと体を鍛えなくてはいけない」安城市医師会がアドバイスしたのか?アドバイスするなら来訪して直接私に行なってもららいたいと思います。(私の行なっていることを無視するような発言は知能労働に影響をきたします)私にも家内にも医師会にも言い分はあります。家内は無意識の内に怒りの感情が露出したのかも知れません。上記状況は警察による人権侵害が無ければ生じないものと心得ます

高校の同級生は、家内は懐具合が良いなら、暖房の使用で電気の無駄使いなど注意しないようアドバイスして下さい。何ら懐に入っていないなら節約は仕方ありません。確かにウラ事情の存在を私に言葉でで付けると結局は警察を提訴しなくてはならなくなります。従って私が力勝負で警察に勝てないと判断すれば言葉で利権収入を受け取ったか否かを告げることはできません。従って私は家内は利権収入を受け取って無いものと判断せざるを得ません。もし家内が利権収入をうけとっていれば、警察の組織ぐるみの罠ににります。(警察の自己矛盾になります)。事実なら高校の同級生は国連にお知らせ下さい。私が問い質せば言い争いになります。矛盾は力で解決するしか方法は無いのです。

以上に関して警察は設電は社会教育の一環であると言い分けすることもできます。以上は神(神にに象徴される高級心霊)の目から見れば本音と建前の使い分けになります。人間が勝手に断定すると言い洗いになります。したがって私は、家内に警察の指導か?どうか?問い質さなくてはならなくなります。理由は家内は余計なお節介を行なう癖があるからです。説い質せは居すれにしても言い争いになります。中部電力に詰問することはできません。従って警察のの責任になります。しかし、警察は当家に限り中電の要請を指導できる権利があります。、神の判断の前段階として、国連に判断してもらうより仕方ありません。

キリスト教圏国の人達には分かりにくいことと思いますが、神を信じてはいけないのです。詳しくはいけないのではなくて人間には神を信じる資格は無いのです。理由は、神の定義によってそれぞれにあると思います。それぞれに違います。私の宗教では悪魔が神を装って現れても人間には分からない場合があるとさせていただいています。未だ審議の手段の残されている件について神に審議を委ねることはできません。従って私の宗教では神に審議を委ねる又は仰ぐと云う概念は最終場面を意味します。(2013/11/06)

注;私の宗教は宗教として認めるか?認めないか?の論議が在る可能性があるから神社に奉納して戴く場合は「山本弘顕の生きた記録」して下さい。他人の宗教のことは関知しません。

 


 【想念上の窃盗を防ぐことが可能になる】    2-1
吉見弁護士にお願いします。スズメバチの巣を除去する、枝切り鋏ようの柄の長さを調節できるアルミニュウム制の鋏を特許権を申請していただきたいと思います。尚、2013年02月04日以降に、誰かが申請していれば、私の想念上の情報を盗んだ可能性がありますので検察にお知らせ下さい。何故申請の依頼が遅れたか?については、当初は申請された方に贈呈しても良いと考えていたからです。(想念上の内容を前向きに公開できる方が居れば)想念の内容を公開出来る人が、いなければ娘の純子代理申請はできません。但し、何らかの不都合があって申請不可能と云うなら、理由(又は言い訳)を郵便文書であ知らせ下さい。2013年02月04日以前の申請に関しては上記の限りではありません。

申請料金は後払いか、(事件解決後)純子に立て替えて貰って下さい。上記要望は、奥密教の修練者がこの場に出ている以上仕方あのません。さらには、豊田市の東洋皮膚科の老女医さんがスズメバチのすから蜂蜜を作る方法の特許権の取得と宣伝を始めれば、巣を取る鋏は必需品になります。上記は「解ったではありません」私にとっては、確認がない以上想像の産物です。間違いが起きれば弁護士会全体の責任になります。ひいては法曹界全体の責任に発展しますので、為政者はそのようにお心掛け下さい。さらに、名古屋弁護士会の会長にお願いします。落雷回避用アンテナ(避雷針)の特許権を申請していただきたいと思います。

各国の陸軍が野営訓練を行うことになれば、一番危険な現象は落雷です。アルミ制の筒棒の先に槍状の胴の棒を付け筒の中を銅線で通し根元に地に打ち込んだ銅制の杭につなぐフックを付ければよいと思います。但し、アルミニュウムの導電能力に関しては知識がありりませんので、詳しい人にお訊き下さい。セラミックで筒棒ができればもっとよいと思います。煙突の材料にっているアすべト?となら良いと思います。煙突様の筒棒の中に太目銅線を仕込んで 根元の部分に地中に打ち込んだ銅の杭につないで、筒棒をそのまま樹木の枝に縛って固定できるかも知れません。要するに雷は煙突様の筒棒の中の銅線を伝わって地下に落ちる構造にすることです。樹木には被害は起きないかも知れません。被害が起きれば樹木には固定出来ません。

森林に設置出来れば森林火災が防げます。上記例は特許取得が不可能であれば、今までは不可能だったことが可能になった例として明示できます。(アイディアなど提供しても二束三文で有力企業に買いたたかれますが、インターネットで公開すればそのようにはならないと云う意味)森林避雷針は、商品として販売するのではなく、現場で建設する工事になるかも知れません。建設会社は建設技術の特許が取得できるかも知れません。尚、想念上の窃盗については防げないと思います。しかし、明らかに盗んだことが判明されば、この世の法律に準じて罰せられなくてはいけません。以上は人間の義務であって神に判断を委ねるべきことではありません。(2013/02/10)diaryより



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