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逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

一年で一番長い日 53、54

二人でしばらく夏樹くんの安らかな寝顔を見ていた。

「なあ。なんでここがネクロポリスなんだ?」

今まで聞くタイミングを逃していた質問がするりと出た。
「ネクロポリスは死者の都という意味だ。なぜ死者なんだ? 寝ている子供がいるだけなのに」

「だって、芙蓉は死人だもの」
皮肉な口調で葵は言った。
「この世にいない人間なんだってさ、あいつ」

黄泉がえり

死人? この世にいない人間? おれはまた混乱してきた。
「え? じゃあ<サンフィッシュ>で俺に声を掛けてきたのは、幽霊じゃなかったら葵くん、君か?」

葵は、呆れたような軽蔑したような目で俺を見た。なんでだよ。
だが、なんでだよ? と思ったのは彼も同じようだった。

「どうして俺が女装なんてしなきゃならないんだよ、面倒な。あのね。男が女の服を着て化粧したからって、簡単に『女』に見えると思わない方がいいよ」

「え? どういうこと?」

「出来映えがいくら美人でもね。歩き方や仕種、そういうものを意識しないと男は男にしか見えない。話し方や飲み食いの仕方も。下品でガサツな女もいるけど、だからって男には見えないだろ? そういうもんだよ」

「そ、そうなのか?」
「そうだよ。たとえばさ、あなたの男友だちや知り合いの誰かを、頭の中で女装させてみてよ。どう? 女の格好をしただけで女に見える?」

「・・・」
俺はつい智晴を女装させてしまったが・・・確かに、その格好をしただけで女には見えない。突然、背中がぞぞっとした。ただの想像とはいえ、自分が女装なんかさせられたと知られたら、どんな皮肉を言われるやら。

「何、その梅干しでも食べたような顔」
楽しそうに葵が訊ねてきた。

「コワイ想像になったんでしょ?」
瞳が悪戯っぽく笑っている。おれは何も言えず、コクコクと頷いた。

俺をいじめて気が済んだのか、葵はあっさりと答えた。
「あなたが会ったのは、芙蓉本人だよ。俺じゃない」
「でも、さっき死人でもうこの世にいない人間だって・・・」

「戸籍上は、ってこと。それも父の仕業だよ。最低な人間だ」
吐いて捨てるように言うのへ俺はびっくりして大声を上げかけたが、耐えた。子供が寝ている。
「え! あの<笑い仮面>がそんなことまで?」

俺の言葉に、葵が不思議そうに首を傾げた。
「笑い仮面って何が?」
「え? いや、その・・・高山氏はいつでも何があってもにこにこしてらっしゃるんで、つい、な」

一瞬の間の後、葵が爆笑した。おい、夏樹くんが起きたらかわいそうだろ。
「たしかに。あの人のあれは仮面だ。<笑い仮面>だ」

人さまの父親に変なあだ名を付けて、申し訳ないなぁと思っていたのに、本人が大ウケしているものだから、ついまたしょーもないことを言ってしまった。

「なになに仮面と言っても、正義の味方っぽくはないけどな」
月光仮面に七色仮面、白獅子仮面に怪傑ハリマオ、ってハリマオは違うか。障子はりまお、って俺って何てギャグ体質なんだ・・・

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葵は、俺の言葉にまたウケていた。笑い上戸?


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「あー、笑ったよ。父が変な衣装を着てマント羽織ってる姿想像しちゃった。そういえば子供の頃、悪の怪人がみんなナントカ仮面、っていうのを懐かしチャンネルで見たことがあるよ。子供ごころにも変だと思ったのは、<木靴仮面>。靴なのに仮面なんだよ」

笑い涙を拭きながら葵は言う。

「うーん。俺も見たことあるかも。<鏡仮面>と<太陽仮面>て二人組の怪人もいたな。太陽仮面の光を鏡仮面が反射して、正義の味方の五人組を苦しめるんだ。前半の戦いで鏡にヒビが入ったと思ったら、後半出てきた時はそのヒビが昔の窓ガラスふうに修復されていたから笑えた」

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「そいつらは笑えるからいいよ。どうせ手下を引き連れて幼稚園バスを襲うんだよね? 父はもっと陰湿さ」
「戸籍をどうかしたってことなのか?」

俺の問いに、葵は頷いた。
「俺にも何も言わずに、勝手に芙蓉の籍を抜いて、うやむやにした挙げ句、死んだことにしたんだよ。そんなところに金を使ってるんだ」

「・・・普通、何もしなくても七年たてば失踪人宣告だったっけ? 死んだとして、戸籍を抹消できるんじゃなかったかな」
「俺もそう思ったよ。だけど、父はよほど芙蓉の性癖が許せなかったらしいんだ。追い出して一年くらいで戸籍をいじった」

「高山氏は、何度も警察に行って捜索願を出したって言ってたけど、じゃあそれはカムフラージュだったのか? 警察は相手にしてくれなかったって、にこにこしながら怒ってたが」
「セコい偽装工作。あの人らしいね」

葵はバカにするように鼻を鳴らした。

「待てよ。戸籍上死人なら、夏子さんの籍にどうやって入ったんだ」
「そう、それ。俺も疑問に思ったんだ。だけどね」

大きく息をついて、葵は続けた。

「夏子さんも凄いよ。籍を入れに行って、初めて芙蓉の戸籍が抹消されていることが分かったんだけど、すごく怒ったって。まだたった十六歳の息子をほとんど身ひとつで追い出したばかりか、戸籍までいじって死人にして、鬼より酷い親だってね」

「それで?」

「あの人は人脈を使った。世間からすれば特殊な店をやってるわけでしょ? 偉い人の中にも特殊な趣味を持ってる人がいて、その人が店の客というか、会員だったんだって。最初は元の戸籍を復活させようと考えたらしんだけど、それだと父にも知れるでしょう? だから、亡くなったばかりの身寄りのない『芙蓉』さんを探し出して、その人の死亡届を握りつぶした。今の芙蓉は、芙蓉は芙蓉でも、別人の『芙蓉』なんだよね」

芙蓉は二重の死人だよ、と葵は呟いた。



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