逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

2007/09/16(日)21:41

一年で一番長い日 <俺>のお盆 前編 リベンジ

小さな火が、焙烙の中でちりちりと燃えている。 今日は八月十三日。盆の入りだ。独り黙々と俺は迎え火を焚く。 この煙に乗って精霊が帰ってくるというけれど。 俺は風に散らされる白い煙をぼんやりと眺めた。今日は眩しいくらいの晴天だが、風が強い。焙烙の中身に点火するのも一苦労だった。何しろ、ここは谷間ビルの屋上。予想もしない方向から突風が吹きつけたりする。 うーん、こういう時はやっぱり百円ライターでは役不足か。某軍御用達のジッポなら強風でも消えないというし。でも俺、タバコ吸わないしな。 ワイルドなイメージのジッポと、「スターリングシルバー 秘宝の鍵」というネーミングがミスマッチでスゴイと思う。  わざわざ迎え火用に専用ライターを買うのもなぁ。 最後の煙の名残が風に消えるのを見送り、俺は立ち上がった。あー、変にしゃがむと腰が痛いな。 「さて、行くか!」 景気づけにわざと元気な声を出してみる。ふと見上げると、刷毛で刷いたような薄い雲が浮かんでいた。上空でも風が強いのか、煙にも似たそれは見る見るうちに形が変わって消えていく。 父と母、双子の弟。 帰ってこれるのかな、俺のところに。ちゃんと迎え火に気づいてくれるだろうか。 立秋を過ぎた空は、まだまだ激しく輝く真夏の太陽を抱いているにもかかわらず、どこか寂しい翳りがある。明るいのに、眩しいのに、もの悲しいような気持ちになるのは何故だろう。  村上龍/『メランコリア』 はっ! いかんいかん。俺にシリアスは似合わない。 今日はこれから、お盆休みを利用して南国台湾に旅行中の吉井さんちの愛犬、グレートデンの伝輔号、略して伝さんの世話に行くのだ。餌と水をやって、犬小屋の掃除をし、体にブラシをかけてやる。伝さん、『バスカヴィル家の犬』もかくやとばかりの小牛ほどの大迫力大型犬だが、あれで意外に可愛い性格をしていて、俺にもよく懐いてくれている。 あんなにデカイのに、伝さんの一番の仲良しが近所の小山さんちの飼い犬、ポメラニアンのドンちゃんというのも彼のチャームポイント(?)だ。散歩なんかで出会うと、でっかい伝さんが力を加減してドンちゃんと戯れる姿がなかなか微笑ましい。小山さんもにこにこしながら彼らの二匹の友情を見守っている。いい人だ。 俺はドンちゃんにも懐かれているので、たまにそっちの散歩も引き受ける。グレートデンとポメラニアンでは歩くペースが違うので、一緒に散歩させたことはないが、あいつらのあの仲の良さならけっこうイケルかも、とは思っている。いつかは試してみたいことのひとつだ。 何でも屋の俺は、お盆の時期にはこんなふうに飼い主旅行中のペットの世話を頼まれることが結構多い。報酬はわりとはずんでもらえるし、旅行のお土産ももらえるしで、俺的にはオイシイ仕事だ。 日が翳って暗くなってきたら、伝さんを散歩につれていく。その後は高田さんちの祐介くんの塾のお迎え。最近は物騒だからな。 あれこれ段取りを考えながら、俺はオガラの燃え尽きた焙烙を持って下に降りようとした。ん? 視界の隅に何やら派手な色合いのものがはためいている? 「あ、俺のトランクス!」 思わず俺は叫んでいた。昨日洗濯物を取り入れた時に見当たらないと思ったら、あんなところに引っかかっている、風で飛ばされたんだな。 屋上の周囲を囲む簡易フェンスの向こうに、一度も使われたことのない看板設置用の足場がある。そのパイプ製の足場に、シュガーピンクのキティちゃん柄トランクスが引っかかっていた。 お、俺の趣味じゃないぞ? 別れた妻の許にいる俺の最愛の娘・ののかからのプレゼントなんだ。ビビッド・グリーンとショッキング・ピンク、エメラルド・グリーンの色違いがあるらしいが、頼むから薄い色にしてくれとお願いしたらシュガーピンクになった。不本意だが、アウターにひびきそうな濃い色よりマシだ。ちなみに、ののかはおそろいの柄のパジャマを買ったそうだ。 ののかは、叔父であり俺の元義弟の智晴からデイトレーディングの手ほどきを受け、儲け幅は小さいものの、それなりに稼いでいるそうだ。まだ五歳なのに・・・ そんな子供に株と、通販の利用の仕方を教えてしまった智晴を、いつかシメてやろうと俺は思っている。 と、今はそれより今にも突風に飛ばされそうなトランクスだ。早く拾いに行かなければ。あんなものが人目に触れたら恥ずかしい。たとえ、俺のものだと知られないとしても。 俺は簡易フェンスから身を乗り出し、足場に引っかかったキティちゃんトランクスに手を伸ばした。 あと少し、というところで、ものすごい突風が俺の背中を押した。 うわあ、眼下に真っ黒なアスファルト道路が見える! 太陽に灼かれて、陽炎が立ってそうだ。あんなところに落ちたら、死ぬ。 次へ -------------------------------------------------------- 昨夜書いていたものと、まったく違う内容になってしまった。 わはは。

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