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逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

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2019年09月12日
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「何でも屋さん!」

真久部さんの声で、我に返った。

「あ、ああ……」

何か言おうと思ったけど、何も言葉が出て来ない。俺はたぶん無意識に、深く考えないよう、詳しく思い出さないよう、記憶に薄い紗幕を掛けてたんだと思う。──がっつり蓋をすると今度はその蓋が気になって、却って意識してしまうからかもしれない。

その、ふわっと薄暗い垂れ幕の隙間から、化け物尼のあの異様な白目がギロリと覗いているようで、嫌な動悸が止まってくれない。

「──すみません、思い出させてしまったんですね」

申しわけなさそうに表情を曇らせて、真久部さんが言う。「何でも屋さんの強みは、怪異をさらっとスルーして、何も無かったことにしてしまえる能天気なところなのに」とか、よく考えると失礼なことをそれでも痛ましそうに呟きつつ、顔が真っ青ですよ、と気遣ってくる。

「……」

心の底に押し込めた恐怖。そのうち薄れていくはずの。だけど、今はまだその恐怖は鮮明で、記憶の表面に張った忘却という日にち薬の薄皮が破れれば、あのときの感情がどろりと溢れ出す。心の防衛反応か、ふだん思い出すのは<記憶>だけだけど、その<記憶>から切り離したはずの<感情>を伴ったとき、背中が寒くなるとか通り越して、頭の中がフリーズする。

「……五十川さんもこんな気持ちだったのかなぁ」

フリーズしたまま、まだ逃避したくて、そんなことを呟いていた。

「俺から、尼入道の話を聞いたとき。子供の頃聞かされて、ものすごく怖かった御伽噺が、実はノンフィクションだったとか知ってしまったら、ショックかも……」

遠い昔、とっくに忘れたはずの幼い記憶の向こうから、そのときの<感情>が、今の俺みたいにぶわっと──。そりゃ一気に血圧下がって気を失いそうにもなるかも、と妙に納得してしまう。納得しつつも無意識に顔を擦ると、何だよ、えらく強張ってるじゃないか──。

「でも! 五十川さんお年寄りだし。しかも身体が弱ってらっしゃるところだから、ちょっとしたことがこたえるのはしょうがないと思うんですよ。だけど俺みたいに健康な成人男性が、終わったことをいつまでも怖がってるのは馬鹿みたいっていうか、情けないにもほどがあるっていうか、もっとこう、年齢なりの図太さを身につけないといけないかなー、なんてね。あはは」

そんな自分が恥ずかしくて、笑ってみせる。強がりみたいなことを言ってしまった自覚はあるけど。

「──何でも屋さんは、ちっとも情けなくなんてありませんよ」

真久部さんの思わぬ優しい声に、ふと背中の力が抜けた。

「……」

いつも怪しいはずの店主は、まるで小さい子供をあやすみたいな微笑みを浮かべてて、俺はなんとなくその顔をじっと見つめてしまった。やっぱり、今日はあんまり胡散臭くない──。そんなことを思ってる俺の心を知ってか知らずか、真久部さんは穏やかな顔のままでいる。

「普段の生活とは、まったくかけ離れたところでの話だからね、怖くて当たり前なんだよ。ほら、正体のわからないものって不気味じゃないですか? 行動の意味や理由がわからなかったりするのもねぇ。普通の、つまり人の世の常識で計れない存在というのは、恐ろしいものですよ。狂人を相手にするのと似たようなもので、……本当に、何が相手の気に障るかわからない」

実際、アレは人ではないものですしね、とさらっと続ける。

「世の中のほとんどの人が、そんな存在になど気づかず知らず、一生関わることもなく過ごします。自分に見える世界と背中合わせに重なり合った、鏡の向こうのその向こう……無限に同じ風景を繰り返しているかに見えて、実は少しずつ違う世界──ひとつ遠ざかるごとに、光の色が微妙に違っていくような、そういう世界、そういう存在には」

「……」

えっと、何ていったっけ、そういうの──。

パラレルワールド並行世界……?」

たずねてみると、真久部さんはゆるりと首を傾げる。

「さあ、平行パラレルなのか、垂直シリアルなのか、それは僕にもわかりません。僕も、見えるわけではないのでね──。ただ、知っているんだよ、この世とズレた世界があると」

「……」

こういう話は前にも聞いたことはあるけど、考えれば考えるほど、自分がいまどこに立っているのか曖昧になってきて、不安になる。

「でもね、そういうのは僕や、伯父みたいな人間に任せておけばいいんだよ。今回何でも屋さんにかかわらせてしまったのは、僕の落ち度です」

「でも……、こう言っては何ですけど、怖い思いをしたのは今回だけじゃないです、よ……?」

反省してる人を鞭打つようだけど、本当にそうなんだ。ある意味慣れっこ? ──慣れたくなかったけど、うん。だから今更そんなに悄気しょげられても、なんか困るっていうか、居心地悪いっていうか、だいたいさぁ、慈恩堂の店内はいつも怖いし、コンキンさんも怖かったし……寄せ木細工のオルゴールの、あの逆恨みの血まみれ女も怖かった──。

「そう言われると耳が痛いですけどね」

真久部さんは苦笑する。

「でもね、そんなときでも何でも屋さんは、だいたい何らかの結界の中にいるのでねぇ」



つづく……。
仕事環境激変にアップアップしているうちに、またもやモニタ三分の一強を覆ってネジリアメ復活!orz

一日百文字とか、のろのろしつつも書いてはいるので、生温かく見守ってやってください……。





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最終更新日  2019年09月12日 05時55分04秒
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