2006/08/10(木)21:31
もう、死のうとなんてしないで・・・。
日毎に夕暮れの時間が早くなっていく事を
体感する。まだまだ残暑は続くが、空だけは
正直に次の季節へと移り変わっていこうと
している。私はそれに置いていかれない様に
必死に生きている。
残暑の厳しい中、身体の調子がどんどん狂っていく。
「空腹かな?」と感じても、スープさえ
口にすることが苦しい。だからお茶や水・ミルクティで
釈然としない体内の変化を、誤魔化していた。
今日はショッキングな事があった・・・。
妹の親友で、姪の面倒を良く見てくれる子が
自ら命を絶とうとしたのである。
妹から
「胃の洗浄してもらうには何科にいけばいいの?」
と言う内容の電話がかかってきた。
妹の親友は酷く束縛する人で、その子の唯一の楽しみである
妹と会う事・私の姪と遊ぶ事を禁じられていたのである。
その束縛が余りにも酷い上、妹たちにも会えない事との
板ばさみになって、衝動的に煙草や洗剤を飲み込んだという・・・。
余りものショックで喉が詰まった。
唯、只管『救急車を呼びなさい』と妹に言っていた。
そして今日の救急指定病院に妹が同乗して運ばれ、
胃洗浄をして点滴を受け、事無きを得た。
この彼女は、以前にも辛い目にあっている。
姪が乳児の頃から、良く世話を焼いてくれて、
本当に本当に心優しく、温かい心の持ち主なのである。
けれども警察沙汰になる事件の被害者になるなど
様々な事があり、少しのショックも絶望に走らせて
しまうのであろう。
彼女が病院に運ばれて無事を確認するまで、
私は生きた心地がしなかった。
あんなに沢山会話を交わした彼女。
もう、死のうとなんてしないで・・・。
私の母もショックを受けていた。
彼女は皆から慕われる、とても心の温かい人物である。
胃洗浄・点滴が終わった後は入院する事なく帰宅許可が出たが、
暫く妹の住むアパートにいるようである。
私も彼女と親しく話した事があった。年長者からのアドバイスも
稚拙ながらしていた。
生きていてくれて良かった。
きっと辛い事はまだまだ訪れるかも知れないけれど、
諦めないでほしいと感じた。
しかしながら私の様な希死念慮の塊が、そんな大それた事を
言える訳が無いので、影から見守りたい。
そして日頃の、自分の言動を反省した。
『死』を言葉にするだけでも、周りの大切な
人達に、かなりの苦しみを与えてしまっているのだと
身に沁みて感じた。幾ら死にたいほど苦しい事があっても、
大切な人に心配をかけない為に、言葉に出すのは
出来る限り慎もうと思った。
しかし、正直それが守れるかどうか分からない。
『死への気持ち』が昂ると、
自分でも抑制できなくなってしまうからである。
しかし努力は惜しみたくない。唯でさえ摂食障害の症状で
心配をかけているのに、これ以上母や親近者の心を
傷つけたくは無いから・・・。
こんな事件があったのに、最早私の脳は
過食嘔吐に傾いている。
知り合いがあんな苦しい思いをしたのに・・・。
幾ら今は彼女との接点が余り無くなったとはいえども、
こんな自分が哀しく、虚しく、腹立たしい。
その彼女は、沢山の苦しみに耐えてきた。なので絶対に
幸せになれる筈である。だから言いたいのである。
『あなたの歩む道には、幸せになる扉が
たくさん開かれているよ。だから、生きていて下さい。」
(本当、自分は辛い事があったら直ぐ挫けて、『死にたい』
と思うのに、なんて利己的な考えを押し付けているのであろう・・・。
傲慢ではないか・・・。)
毎日2度の過食嘔吐は凄く辛い。それから逃れるのであれば
命を喪っても良いとさえ思っていた。
けれども、それでは彼女に対する言葉が全く以って、
説得力の無いものになり、煙の様に消えるであろう。
そして命に対する冒涜であろう。
大切な人達には最後まで生きていて欲しい。
その為なら、私も死なずに此処で足に力を込めて
立ち続け、踏ん張りたい。
だから出来るだけ、ギリギリの所でも一緒に踏ん張って、
幸せが訪れる事を諦めず生きて行こう?
これは彼女にも言いたい言葉でもあり、自分にも
言い聞かせたい言葉である。
自死したい気持ちなんて、あの夕陽が
沈む向こう側へ、放り棄ててしまえれば良い。