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2007.09.23
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カテゴリ:抑うつ感
夕暮れを迎えると

途端に頭の中で

小人達が暴れだす。







小人達は

舞い踊りながら

しかし陰鬱な表情で

「死んでしまえ。お前は害虫。死ねばいいのに。」

と私を罵る。

小人達の言葉に

「成る程。正論ですね。」

と頷かざるを得ない。

頭の中で、私は

「それでも死ねないんですよ。」

と弱々しく呟く。

スーパーに居る時が

一番強く

その声が聞こえる。

無視できない。

家に帰り着き

発泡酒を飲んだ所で

漸く

小人達の声が遠くなって

心が落ち着く状態である。







ベゲタミンAを1錠

眠剤に加えるようになってから

眠りは深くなった。

目覚めても、

然して食べたいという衝動も

湧いてこなくなって

少しは楽になっている。

ベゲタミンAは薬効が

長いので、穏やかな気持ちで

居られる時間がありがたい。







唯、息苦しさが続く。

また、知覚過敏も

未だに続いている。

いつになったらこの

脳に電流が走る不快感が

消えてくれるのかと

苛立ちが募る。

その所為か、ちょっとした事が

上手くいかなかっただけで

ヒステリックになっている。

意識のある間は

その不快感がずっと

続いている訳で、

大らかな気持ちになれず

常に何か苛々している感じは

否めない。







生きているのが辛い。

今はただ、それだけである。

意識があるのも辛い。

だから私は眠りの世界に

想いを馳せる。

死んではいけないのであれば

せめて、眠る事は赦して欲しい。

向精神薬を規定量以上服用すれば、

肝臓や心臓に負担をかける事は、

充分承知している。

どうせ長くない人生である。

それは自ら寿命を削り取るような

“緩慢な自殺行為”

を繰り返してきたからである。

これ以上、周囲に負担を

かけたくないから

自分の存在が消える事を

望むのであろう。

だが、私がそんな

「死んでしまいたい」

といったニュアンスの言葉を

ぽろりと零してしまうと

母が凄く哀しむ。

今日はスーパーで

商品を袋詰めしていた時

そのような言葉を発した為、

母に頭を叩かれた。

「もう。それは言わない約束やろう?」

母の哀しみが

ありありと伝わってきて

私は、母の顔を見る事が

出来なかった。

袋に商品を詰め終えて

出口に向かっていたら

母は私の背中を撫でながら

「わたしぃは~、あなたぁが~いないとぉ、

 生きてぇ、いけないのぉぅぉぅ・・・。」


とおかしなメロディで唄い始めた。

それまで私は俯いていたが

思わず笑ってしまった。

ありがとうと感謝の気持ちを告げた。

私が今、色んな症状で苦しんでいる事や

その事で母を始め

周囲の人々に迷惑をかけているのに

母はそれを何でもない事のように

包括してくれる。

母もお仕事の事などで

疲れているのに

こうして私の事を

考えてくれる事に

こころから感謝せねばならない。

母が居るから、私は生きていける。

そこには沢山の生き辛さが

綯い交ぜになっているけれど、

私も母が居ないと生きていけない。

もう、言葉にして

「死んでしまいたい。」

といった類の言葉は

発しないように気をつけたいと想った。







時間は前後するが

お昼過ぎに目覚めた私は

母のお手製ミネストローネを

飲んだ後、

まだ眠気があったので

暫し身体を横たえていた。

とろとろとした

眠気の心地好さに

身を任せていたら

知覚過敏の症状も

和らいでいて、少し楽であった。

微睡む時間も

大事にしたいと想った。







しかし、夕方から

また例の苛々が現れたので

過食しないではいられなかった。

厭々私は調理をして

食べるものを作ったり

レンジで温めた

昨日の半額お惣菜や

インスタントヌードル等を

用意した。

とても、虚しかった。

食べたくもないのに、

無理矢理食べている時間は

そして無理矢理戻している時間は

こころの余裕を奪い、

ぎすぎすとしたものに変えていく。

そしてまた、何故生きているのかと

自分に問い始めるのである。








病を生きると言う事は、

かなりの苦しみ、辛さ等が

伴うものである。

そして周囲の人達に対して

物凄く申し訳ない気持ちが

溢れて止まらない。

それならば、逸早く

この病的な意識を改めて

病を癒したり治したりする方向へ

進めばいいのであろう。

だが、今の私にはまだ

この症状が必要不可欠であり

この症状以外で

自分のちっぽけな苦しみや

苦悩を解決する能力が乏しい。

病を生きるという事は、

生き辛さと共に

生きていくという事でもある。

私にとって、

頭の中の小人が騒ぎ舞い踊り

罵る言葉こそが

真実であるような気がして

ならないが、

母にとって

私は“必要不可欠の存在だ”と

いつも言い聞かせてくれる。

頭の中の小人と母を

比するまでも無く

母の存在、言葉こそ

一番大切で真実であるものであり

こころに刻まねばならないものだと

痛感している。

今はまだ、無理をして笑顔を見せたり

調子良く過ごしている振りを

したりできないでいるが、

いつか自然に母との関係が

より良い方向へ進めるよう

大切に築いていきたい。







夜風は、いつもなら心地好く

季節を感じて

悦びを得られた事であろう。

だが、知覚過敏の症状があると

頬を撫でていく風の感触や

音さえ、脳に響くのである。

顔をしかめながら

スーパーへの道々を歩いていると

本当に虚しさでいっぱいになった。

だから頭の中の小人が

喜び勇んで

脆弱な私のこころを

易々と攻撃するのであろう。

死なないということ。

当たり前のようで、今の私には

途轍もなく難しい問題のように

感じられる。

火曜日、母と映画へ行く予定なので

その予習として

今放送されている

SPドラマを観て

きちんと劇中の伏線を

把握しておこうと想う。

今は、火曜日に母と映画へ行く事を

楽しみにして

生きていきたい。





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Last updated  2007.09.23 21:19:11
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