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2005.02.16
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PISA(OECD生徒の学習到達度調査)という調査で。日本が、あまり成績が良くなく低下傾向にあるという事が、あるネットコミュニティで話題になっていた。
学力低下が話題になれば、いわゆる「読み書きソロバン」という、基礎学習が足りないという論調になりがちだ。
先日も、「犬」という漢字が、正確に書けない子供が多いことを、嘆く報道がなされていたが。
それと、PISAの調査と関係が本当にあるのだろうか。ちょいと調べてみた。
まず、そのPISAの調査というものが、何であるかがわからないと。PISAでの成績の低下は、いわゆる「読み書きソロバン」が出来ないからという結論づけが出来るかどうか、わからない。
そこで、少し調べてみた。

PISA(OECD生徒の学習到達度調査)
http://www.mext.go.jp/b_menu/toukei/001/04120101.htm

PISAの2003年調査では数学的リテラシーが中心分野。読解力、科学的リテラシーを含む主要3分野に加え、問題解決能力についても調査したそうだ。

うーん。日本って、騒ぐほど成績悪くないかも。

それにしても「数学的リテラシー」とは、聞き慣れない言葉である。
このページによると。
数学的リテラシーとは、「数学が世界で果たす役割を見つけ、理解し、現在及び将来の個人の生活、職業生活、友人や家族や親族との社会生活、建設的で関心を持った思慮深い市民としての生活において確実な数学的根拠にもとづき判断を行い、数学に携わる能力」であるそうだ。
これって、なぜ、数学が必要なのかから始まり。どう、自分の社会生活に役立てる事ができるかの能力のようです。
たとえば、みんなで、料理を食べるのだけど、数字が解らないと、たくさんの人が、お腹を満たせる量の料理を作れなかったり、食器が用意できない。
こういう状況を、自分で見つけ、解決する力が、数学的リテラシーって、言うラシーです。
それにしても、数学的リテラシーという事は、義務教育で習った覚えがないような気がする。
私が、小学だか、中学だかの時、算数か数学の試験の時、左側が、計算問題、右側が、文章題が出された事があった。
そのとき、文章題の方が、より具体的に、生活などに接しているが、左側の計算問題は、単に、計算をするだけで、電卓にさせればいいので、無意味だと思い。左側の計算問題を白紙で出し。右側の文章題の解答をすべて書いて、テストを提出した。
見事に、右側だけ全問正解で、100点満点中50点だった。
そのせいで、親は呼び出しを食らうわ、私は先生と親のダブルで怒られる羽目になった。
しかし、その時、なぜ、電卓があるのに、計算問題をしなくてはいけないかという疑問に対して明確な回答がなかった。
そのころの私に、数学的リテラシーが備わっていたのなら、テストで、同じ疑問をもったとしても、計算問題とはいえ、実社会との繋がりを見いだして、計算問題も解答したのかもしれない。
今更ながらも思うのだが、そんな、力を持っていない私に対し、説明が出来なかった、教師や親にも、数学的リテラシーの能力が不足していたために、私に対し、納得いく説明が出来なかったのではと考えることも出来る。

学習・教育と社会・生活を結ぶ力を養うことは、計算や暗記では出来ない。しかし、計算や暗記で、教師になれてしまうようですね。

日本が、数学的リテラシーの得点がいいのは、いわゆる詰め込み教育の国が上位を占めている事から予想されるのだが、計算能力の部分の配点が大きいため、点数が上がる傾向があるのだろう。
まだまだ、数学的リテラシーの調査方法は、確立していないのかもしれない。

とにかく、計算能力以外の、得点の部分が、各国でどのような違いが出ているのか、じっくり見てみたいものだ。

おっと、楽天ブックスで発見。【送料無料商品】生きるための知識と技能(2) OECD生徒の学習到達度調査(PISA) 
さっき、注文しました。


話は変わって・・・・

小論文、コンピューターで自動採点 入試センターが試作
http://www.asahi.com/national/update/0215/019.html

という記事が、新聞に載っていた。
これは、小論文を、コンピュータで(1)文章の形式(2)論理構成(3)問題文に対応している内容か――の三つの観点から評価して、1.2秒で、自動採点するというしくみらしい。
これって、googleなど、検索エンジンの仕組みと、翻訳ソフトの構文解析の仕組みなどを組み合わせたりして、出来そうな技術だ。
だけどさ、このシステムが出来上がったら、googleなどで、上位に掲載されるように工夫する「SEO(search engine optimization)対策」と同じような手法で、ソフトの特性に対応するコツを覚える方法で対策すれば、高得点が得られそうである。
おそらく、予備校などで、SEO対策講座みたいな、小論文特訓講座が行われるんだろうな。
SEO対策講座にしろ、小論文特訓講座にしろ、いろいろ対策して高得点を得ても、コンテンツ不在であったり、社会や生活との接点がなければ、無意味なんですよね。

自動採点対応の小論文特訓講座が当たり前になった時、小論文と社会・生活との関連づけが、今以上に、学習者に見えなくなってしまうんだろうなぁ。
そして、そのフォローもできないんだろうな。

こんな記事をみて、学校教育の中で、教育と社会・生活との乖離は、まだまだ、続くんだろうなあ。なんて、感じました。

この分だと、教育と社会・生活との接点を見いださないと出来ない、流行のキャリア教育だとかも多難だと思います。

とはいえ、この状況、どうにか、したいよね。

解決策として・・・
PISAの定義している「読解力」の強化が必要なのかも。

読解力とは、「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力」である。

そういや「熟考する」事って、短時間の試験で判断できないよね。
そして、IT化や、ビジネスの高速化が進む中で、時間の掛かる「熟考する」ことは、評価に繋がりにくいよね。

以前から言われている「ゆとりの教育」って、「熟考する」ゆとりを作るのが本来の目的だったんじゃないかな。
しかし、「ゆとり」という言葉が、一人歩きをして。「熟考する」事にシフトしなかったのじゃないかと思う。
それで、「総合学習」とか新しい枠を作って、「熟考する」事を促進しようとしたんだろうね。
だけど、「熟考する」事が実感できていない人に、「ゆとりの教育」や「総合学習」というキーワードを与えても、「熟考する」事にたどり着けないんでしょうね。

このブログの最初の方に「孤独力」について、いろいろ書いていたけど。「熟考する力」を育てるには、やはり、ねばり強く「孤独力」が必要なんだろうか。

なんか、いろいろ考えると、芋づる式に、取り留めがなくなりそうですね。

今後も、いろいろ、考えてゆきたいと思います。






最終更新日  2005.02.17 02:42:38
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