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little island walking,

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2007/03/08
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 西都原の桜は、もうほとんど満開といった様子で、花見客でにぎわっている。とは云っても駐車場にきちんと車は入れることができたし、「最近は、人がおらんごとなって」という母の言葉のように、かつて、子供のころの記憶のようなにぎわいはない。それは子供の低い目線と、今の目線が違うだけかと思っていたが、時間は確実にこうして流れて行っているのだと知った。
「なんか食べようか」
 母はそう云うやいなや、すでに一パック五百円の焼き鳥を注文している。「まゆ、ビールいらんね」二本の缶ビールを手にして、私を見ると「誰が車運転すっとね」「そりゃそうだ」母は照れくさそうにビールを一本クーラーボックスに戻した。
「かわりにお茶にしよう」
 焼き鳥をつまみながら桜並木を歩く。うすい桃色の花びらは、屋台の灯りに照らされて、夜の濃い紫によく映えている。すれ違う人々の、さまざまなかたち。恋人同士、中学生の集団、夫婦、父と母と小さな子供たち。その誰もが、桃の花ではないけれど、小道を成すように桜の下を歩いている。
「そういえば、昔、岩崎でも祭あったがね」
 母が独り言のように呟いた。私は少しどきっとして
「ああ、いつの間にかなくなったねえ」
「人もおらんごとなってきて、体育館やらなんやらが建って場所もなくなって。続けられんかったとやろかね」
「また、いつかやれるといいっちゃけどね」
「お父さんは元気やったね」
 何の脈絡もなく、母が突然そう云った。私はぞっとして
「なんで知っちょると?」
 歩みを止めて母の方に向き直る。少しいたずらな目が、どこか遠くを眺めている。
「そりゃ、あんた、お母さんだもの」
「理由になってないよ」
「で、元気やったとか」
「おらんかった」
「ばあちゃんは?」
「うん、初めて見たけど、元気やったよ」
「落ち着きがねかったやろ?」
 母は小さく笑って、再び歩みだした。母の隣に並び、「そうだね」祖母の慌てぶりを細かに話して聞かせた。母は相変わらずやねえ、とまた笑って、
「お父さんとはね同級生やったとよ。小学校も中学校もずっと」
 今まで話したことのない、父との記憶。突然なんなのだろう、と思ったけれど、あるいは桜の花がそうしたのかもしれない、と妙に納得して、母の言葉を聞き続けた。
「同じ同級生やったけんどんが、互いに顔を知ったのは二十歳を超えてからやったとよ。昔は三財も人が多いして、一学年に五、六組あったかいね」
 父とは、見合いだったという。私と同じ一人っ子だった母は、必然的に婿を取らなくてはならなかった。父はとても身勝手な男だったそうだ。一緒に食事にいっても、黙って「天ぷら定食ふたつ」と母に訊かないで頼むような人だったそうだ。水飲み鳥を私に買ってくれたときのように、父はなんでも勝手に物事を決めてしまう質らしい。けれどもなぜ結婚したのかと問うと、
「決め台詞があったのよ」
 母の顔は夜に照らされて、子供のようだった。
「なんね? 決め台詞って」
「それは、あんた秘密よ」
「また秘密ね」
「墓まで持って行こう」
「未解決事件になりますな」
「『おまえの親も大事にするから、俺の親も大事にしてくれ』」
「いったいなにが」
「それが決め台詞」
 焼き鳥のパックはすでに空っぽで、母はビールを呑んだ。初めて見る、勢いのよい呑みっぷりだった。
「これだけは云えるけど、本当にお父さんは死んだおじいちゃんやおばあちゃんを大切にしてくれたとよ。これだけは本当の本当」
 そう云うと、あとは何も云わなかった。空になったビールを片手に、今度は焼きイカの屋台へと向かって行った。
 もっと浮気だとか、嫁姑問題とか壮絶な過去を想像していた私にとって、母のやさしい口調がすべてをひっくり返してくれたように思えた。そりゃ、きっとなにか、私にはまだ理解できない複雑なことがあったのだろうとは思うけれども、母は、きちんと大切なことは覚えているのだと知った。父が懸命に祖父母のために尽くしたことは確かだ、と、きちんと大切なことは覚えているのだ。
あの祭りの翌日、祖父から謝罪として望みどおりジェシカちゃんを買ってもらったけれど、いつのまにか人形はいなくなり、ポケットに入れていた水飲み鳥の方は、空き缶に入れ、大事に取っておいた私。
そうか、私はすでに、何が大切で、何が重要かを知っていたのだ。そうして、きちんと押入れの奥に、母にも知られないように押し込んで、父との記憶もひっそりと自分の心の隅にしまいこんだのだ。それは、たしかに、母と私が親子である、揺るがし難い事実のように思えた。








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最終更新日  2007/03/08 05:52:49 PM
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