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Dog Photography and Essay

甘粛--蘭州・敦煌2


「溢れる笑みが一杯」

「中国上海写真ライフ」では、
甘粛省「蘭州」の写真を公開しています。

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白塔寺の境内に入る弦楽器を演奏している人々と、
その演奏を聴きながらなのか食事をしている人々の、
光景を見て急ぎシャッターを切ったり、彼らの中へ、
入り込み幾分興奮気味に撮影している自分に苦笑。

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演奏している中国人の表情は皆溢れる笑みが一杯で、
中国を作って来た彼らの楽器を見ると、真新しいとは、
言えない年季の入った楽器で手馴れた演奏振りである。
楽団を退役した人達が集っているようにもみえた。

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私は彼ら演奏している輪の中心で撮影している為、
皆と目が合ったが、それでも笑みを絶やさず、
演奏し、傍らではご婦人達がグループで懇談会をし、
更に遠くを見ると、4・5人で剣舞をしていた。

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歌を歌う人が楽団の演奏に合わせて歌っていた。
公園は階段を上がった直ぐの広場に沢山の椅子が、
それぞれのテーブルを中心に並べられており、
持ち寄ったお菓子類がテーブルの上に雑然置かれている。

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すでに帰った人達が捨てた菓子袋を見てみても、
中には半分以上残っているから勿体無さを感じる。
階段を登って上の寺へ行こうと壁を見ると、これから、
私が旅をするルートの大まかな地図が貼ってある。

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蘭州付近と敦煌や嘉峪関もあり部分的に撮影したが、
精彩糸路と魅力甘粛と書かれた文字もアピールしてあり、
意味は「すばらしいシルクロード」と「魅力の甘粛省」
本当に甘粛省は斜めに細長い省と言う事が分かる。

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「運動不足を後悔したり」

「中国上海写真ライフ」では、
甘粛省「蘭州」の写真を公開しています。

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白塔寺の石段を登った広場では市民の、
憩いの場があり、思い思いのグループで、
歌を歌ったり、剣舞をしたり、楽器を演奏したり、
実に楽しい雰囲気の中で時間を過ごしていた。

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楽器の演奏する音が石段を登る私にも、
さわやかに聞こえ、登る足取りも軽やかだった。

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写真は黄河で見つけた奇岩と呼ばれる石が、
展示されていたが、中へは入らず入り口より、
身を乗り出し、中を見渡しただけで終わった。
白塔寺へ登る途中で黄河を見ると中山橋が、
くっきりと見えたので撮影した。

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黄河を見下ろす景色は、登れば登るほど、
足の疲れに反して、その景色の感動が増した。
だが当然の如く、上に行けば行くほど傾斜が、
急になり、普段運動していないものにとって、
辛いものがあり、運動不足を後悔したりした。

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「不安に駆られ余計に疲れる」

「中国上海写真ライフ」では、
甘粛省「蘭州」の写真を公開しています。

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蘭州市から中山橋を渡り、白塔山公園まで来た。
白塔山公園の中腹に禅寺の法雨寺があり、
山頂にチベット寺院の白塔寺がある。

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私は久しぶりに友人に会ったガイドの事を思い、
一人で白塔山へ登ってきたものの登り口の、
ガイドの道案内図をノートに控えず登ったため、
何となく、この道で良いのかなど不安に駆られた。

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法雨寺の中に入り、禅寺にある四天王像を探したが、
小さく建てられた寺では、見つからなかった。
大雄宝殿の中に安置してある釈迦像にレンズを向けた。
本堂内は思ったより暗いのでカメラセットした。

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カメラの絞りのみ変更し連続シャッターは変更せず、
撮影した釈迦像の一枚の絵であるがピンとはイマイチ。
この一枚で、私の後ろに立った寺の係りの人から、
大きな声で「こらっ!」と怒鳴られて一枚しかない。
次にはいよいよ白塔寺の写真を編集更新する予定。

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「命果てた高僧を供養するため」

「中国上海写真ライフ」では、
甘粛省「蘭州」の写真を公開しています。

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白塔山は海抜1710mあるが、蘭州は元々、
1500mほどの高地にあるため、中山橋が、
架かる黄河の畔よりの高度差は210mと、
思ったより高くはないと実感する。

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僅か30分ほどの道程だが実際に登ってみると、
休み休み登らなければ汗が滴るというより、
太ももや、ふくらはぎが結構辛くなる。
写真は、弥勒菩薩であるが中国の至る所にある。
過去・現在・未来の未来を願う菩薩の事である。

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写真は中国を統一した元の王チンギス・ハーンに、
謁見するためチベットから出向いて蘭州の地で、
命果てた高僧を供養するために建てられた白塔。
このような塔を俗にパゴダと呼ばれている。

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功徳塔とも呼ばれる香炉に長い線香を立て、
両膝をつき祈る姿は、日本の方法とは違う。
両膝をつき頭を下げる方法は、仏教に共通し、
チベットやミャンマー、タイなども同じだ。

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チンギス・ハーンの孫のゴダン・ハーンは、
チベットの指導的高僧を招きチベットと、
モンゴル間の関係が開かれることになった。
チベット仏教は長い歴史の中で、中国西方に、
影響を与え多くのチベット寺院も建築された。

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写真の場所が白塔山の山頂付近である。
無理して一気に登る事も出来なくはないが、
翌朝か二日目の朝には足が痛く歩き辛い。
私の場合は撮影目的のため休みながらの、
石段登りで30分が45分掛かるが致し方ない。

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写真の場所は瓢箪に彫刻を施した芸術品が、
展示販売されていたが、撮影禁止だった。
女性が「父親が3年の歳月を掛け瓢箪に文字を、
彫った」と語り掛け見せてくれた。
その瓢箪は売る事が出来ないと嬉しそうに語る。
彼女亡き父の後を継ぎ瓢箪に文字を彫っていた。

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「風化し形を留めていない」

「中国上海写真ライフ」では、
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白塔山公園の頂上にはチベット寺院の白塔寺がある。
その白塔寺はチベット高僧がチンギスハーンの孫を、
訪ねて来たが、蘭州にて命尽き果て、元の命により、
白塔山にチベット寺院を建立しチベット僧が供養した。

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白塔山から少し降りた所より黄河と中山橋を撮影した。
登って来る時にも足を休めるために石段途中で、
何度も立ち止まっては、黄河と中山橋を眺めた。
だが、上に登れば登るほど高さが増すのは当然だが、
高さが増すに従って感激度も比例して増した。

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写真は白塔山公園へ登ったのとは違うルートで、
下りてきた所にある寺院のようで、この少し上は、
全て鍵が掛けられており、生活空間はなかった。
更に石段を下りた所にある獅子の像を撮影した。

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獅子の頭は風化し形を留めていなかった。
一般に風化といえば600年ほどから始まるが、
この石像の風化は相当前から始まっているようだ。
元の時代に建立されたものなら750年ほど前で、
それ以前に立てられていたのではないかと思う。

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「力強い牛」という意味を書いた「牛の像」の所へ、
戻って来たが、ここは白塔山公園二階の広場である。
中国での牛の存在は大きく人と牛が共存し、また、
役牛として農作業では運搬役・牛車として使われ、
また牛糞は乾燥して燃料とし、焼いた後の灰は、
時に薬になり、鍋や釜を磨く材料になった。

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「偽物作りは何処にも負けない」

「中国上海写真ライフ」では、
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白塔山公園から下りて来て瓢箪彫刻品の販売店に、
立ち寄りガイドと店の夫婦に挨拶した。
店主は「どうでしたか?」私は「一人だったので、
見逃した箇所があったかも知れません」と話すと、
「白塔は見れましたか?」「はい」「白塔が見れたら、
それで十分ですよ」と元気付けられた感じだった。

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一枚目の写真は、中山橋から蘭州市内へ戻ろうとし、
白塔山公園の方へ振り返り撮影した一枚である。
上下の写真は、銀行の前に置かれた雄雌の獅子像。
ポピュラーな中国獅子像とは違い抽象的な、
獅子像に何度も左右に行ったり来たりした。

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一般の獅子像と言えば威厳がある感じだが、
この獅子像は何度見ても見飽きない感じがした。
少し歩くと歩行者天国があるとの事で進んだ。
一瞬、ここは蘭州かなと思わせるほどに、
上海南京路の道並みに似ていた。
歩行者道路の両側に建つ店の構えやデザインも、
斬新な感じで、14年前とは大きく変貌していた。

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商社時代に南通市南大街付近のマンションに、
住んで各工場への活動をしていた時代があった。
近くに「大娘水餃」の一号店があったが、蘭州では、
159店舗目であり、ファーストフードチェーンの、
この店は「早くて安くて上手い」と評判の店である。

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「三希堂古玩城」と言うショップの写真を撮った。
少し中を覗き見したが、大きな掛け軸が並び、
その一角には骨董品が並べられ、全体感はかなり、
質の高い物が売られている感じがした。
街で売られている偽者の骨董品にも類似していたが、
偽物を作る技術はどの国にも負けない中国である。

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「民族、皆平等の精神で」

「中国上海写真ライフ」では、
青海省の「肺ペスト」に関してちょっとコラム。

青海省海南チベット族自治州は私が旅に出向いた所だ。
今回、発生した肺ペストですでに3人が死亡した。
更に9人が隔離治療を受けているとのニュースが流れた。
また治療中の9人のうち1人は危篤状態で、1人は咳や、
痰、また胸痛などの症状が出ているという。

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話には聞いていた貧しい所、青海省は訪れてみて、
初めてその暮らしぶりに驚いたほどである。
私は中国生活16年目に入り、色々な所を見聞きした。
そんな私でさえ、中国の貧富のあり方を思った。

貧しい地方の伝染病のトップはペストとコレラである。
1910年から1911年、中国東北部で肺ペストにより、
6万人以上が死亡し、また、1920年から1921年にも、
肺ペストの大流行が起こり、約1万人が死亡した。

第一次・第二次大戦の前ではあるが、今回中国では、
少数民族は勿論の事、貧しい暮らしを虐げられている、
漢族の皆さんにも存分なる追跡管理と検診・検疫を実施を、
成し遂げて頂きたいものである。

特に今回肺ペストが発生した地域はチベット族の村々で、
力で抑え付けるのではなく、民族、皆平等の精神で、
少しでも感謝を抱く行動を取って頂きたいものである。

------ブーザン@上海-------



「こんな所までもお金次第なの」

「中国上海写真ライフ」では、
甘粛省「嘉峪関」の写真を公開しています。

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蘭州の観光は取り敢えず終了し、その夜の列車に、
乗ることにし、駅のホームで待つ事1時間ほどして、
駅員が「30元(450円)で先に列車に乗れるよ」と、
拡声器を手に急ぎ足で行過ぎたので隣の女性に聞いた。

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「先にお金を払えば早く列車に乗れますよ」と、
話していたが「お金出して先に行きますか?」と、
今度は女性から聞かれたが、こんな所まで、
お金で格差をつけるのかとも思ったが、手には、
30元を握り締めている自分に苦笑していた。

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その寝台車も翌朝には万里の頂上の最西部に、
位置する「嘉峪関」に着いた。
最西部の関であり、この駅の名前や街の名前も、
万里の長城の関である「嘉峪関」から付いた。

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「嘉峪関」の駅前で暫しの間、歩き写真を撮った。
駅前広場でも蘭州駅と同じように馬が像にしてあり、
人がその馬の上にまたがったブロンズ像であった。
何とも凛々しい姿の武将と躍動感溢れる馬像だった。

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