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Dog Photography and Essay

湖南省---鳳凰古城4



 
「吊脚楼と呼ぶ木造二階」

「中国写真ライフ」では、
湖南省「鳳凰古城」の写真を公開しています。

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鳳凰古城を流れる沱江の辺りには吊脚と呼ぶ技法で家を、
支えてあったが、吊脚楼は字から見えて来る姿は、家を脚で、
吊っているような感じなのだが、その姿を見てみると、
木の柱(脚)で家を支えているので支脚楼という字が合う。
下の写真の支柱は家を、せり出しスペースを広く取っている。

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元々、ミャオ族は山間に暮らしており吊脚楼と呼ぶ木造二階の、
楼閣を住まいとしており吊脚楼の一階は比較的に高く、空間が、
焚き木などを置くスペースになっている。日本では山の傾斜を、
埋め立てて平らにした上に家を建てているが、ミャオ族では、
丸太を埋め込み、その上に床木を打ち家を建てている。

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「祈りのシンボルの塔」

「中国写真ライフ」では、
湖南省「鳳凰古城」の写真を公開しています。

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鳳凰古城の流れる沱江の船着場近くに万名塔と呼ぶ塔がある。
万名塔がどうして建てられたのかを聞いてみたところ、
鳳凰古城の人々の寄付によって建てられたとのことだったが、
水害を防ぐために祈りの塔として建てたようだという事だった。

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鳳凰古城の面積は40キロ四方の面積の中に人口が38万人いる。
中国国務院から国家級歴史文化都市に認定されたが、
鳳凰沱江の水害を防ぐために、多くの住民から、
祈りのシンボルの塔として建てた塔なので万名塔と呼ぶ。
だが、何年前に建てられたかは分からなかった。

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「万寿宮と民族博物館」

「中国写真ライフ」では、
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鳳凰古城沱江の船着場の裏手の階段を上がって行くと、
真新しい建物の門の両脇に白っぽい獅子像が、
設置してあり、その獅子の首には結婚式の折りに、
花婿が首から胸に掛けるリボンと同じものであった。

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写真では建物の軒下に書かれた文字は見えないが、
建物は鳳凰古城の万寿宮の文字と民族博物館だった。
中には鳳凰鎮で暮らしてきたミャオ族の衣裳や、
日用品また炊飯用具など多くのものが展示してあった。

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「東晋時代の著名な道士」

「中国写真ライフ」では、
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鳳凰古城の万名塔の裏手に万寿宮と民族博物館とが、
一緒になっていたが、一階に万寿宮があり写真の許真君と、
呼ばれる道教の道士であり、道教とは長生不死と道を得て、
仙人なることを追及した教えでもある。道家の創始者は、
老子であり、春秋時代末期の思想家である。

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紀元前500年以上前なので歴史は古い。写真の許真君の本名は、
許遜と呼び、東晋時代の著名な道士で享年135才の長寿である。

湖北省で生まれで四川省で活躍した官吏だった許遜が湖南省の、
鳳凰に何故、祭られているのかを調べた結果、許遜は官吏を辞職し、
水害の闘争に一生を奉げた人物と分かり、水害を防ぐために民衆の、
寄付で建てた万名塔の裏に許真君を安置するつながりを納得した。

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「梳粧台はドレッサー」

「中国写真ライフ」では、
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鳳凰古城の万寿宮の民族博物館の方へ上がって来た。
楽天では中国語の簡体字を使うとエラー表示されるので、
中国語の簡体字を日本語の感じに当てはめて書いてみた。
梳粧台と書かれたものは化粧台であるが、髪の毛を梳き、
化粧をする台という事で、現代ではドレッサーと呼んでいる。
鏡台であるならば鏡がある筈だが、この時代は大きな鏡がない。

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見渡したところ右手奥に手鏡が置いてあった。その手鏡は、
江戸時代のドラマに出て来るような鏡に蓋をしてある鏡だった。
鏡は蓋を開けないように縛ってあったので中は見なかった。
写真は清朝の家庭用仏壇で、この時代の一般家庭での、
仏壇使用は珍しいと思うので商売屋さんに置かれていたのか、
実際のところはどうなのだろう。下の木彫りの観音像の手には、
大漁を願う庶民の気持の表れで、魚を持っているのだろうか。

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「モン族の麻で仕立てたスカート」

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写真はミャオ族の女性が穿く沢山のヒダのついた民族衣装。
モン族の麻で仕立てたアコーディオンプリーツスカートの事で、
ミャオ族自身はモン族だという事を嫌う人もいるが、モン族の、
衣裳が鳳凰古城の民族博物館に展示されているのもうなずけた。
私が学生時代にプリーツの型紙を作成して、生地を購入段階で、
苦学生の私には生地を購入するお金が足りずに、
タイトスカートに換えた事を思い出した。

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タイトスカートの用尺は110cm巾生地で丈の2倍と縫い代分でよい。
だが、アコーディオンプリーツの用尺は110cm巾生地で丈の4倍以上、
またヒップからウエストにかけて別布を使用しなければならない。
裏地に関しては両脇の裾にスリットを入れればよいが、スカートの、
運動量分のタック巾が必要になってくる。またプリーツは、ただの、
アイロンでは折り目が取れてしまうために、細かいヒダ加工が必要で、
1着分の加工代に相当分の費用が必要な為、苦学生の私はテーマを、
断念してタイトスカートにしてしまった事が、懐かしく蘇った。

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「一生懸命さが伝わってくる」

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鳳凰古城の民族博物館を出て、また沱江のほとりへ行った。
外で売っている小麦粉を薄く円盤状に伸ばし鉄板で焼いた餅を、
ビニール袋に入れて嬉しそうな表情で歩いてきたご婦人。
背中には籠を背負い、籠の中には孫だろうか、私と目が合った。

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沱江のほとりでは、小学校高学年の女の子が通学用のリュックを、
洗っていた。冬の寒い日であり、私はダウンジャケットを着用。
川の水は流れており、冷たいのではと思いながら撮影した。
自分のリュックと弟のリュックだろうか、お姉さんの役目で、
洗ってあげているのかは分からないが、一生懸命さが伝わって来る。

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「万寿宮から石段を降り船着場へ」

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鳳凰古城の万寿宮から石段を降り船着場から対岸を撮影。
向かいの建物はレストランや簡易ホテルなどが並んでいる。
船着場からは、旅人を乗せて500m程の景色を見せて回る。
沱江の500mほどの遊覧ならば40元(550円)であった。

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船着場から石段を上がり左へ折れ、そのまま堤防沿いを歩くと、
石畳の道の両脇には、観光客を相手に川で捕れた蟹やエビを、
串に刺し、から揚げにして一本5元(70円)ほどで売っている。
中国人の中にも不衛生と買わない人も多いが食べると美味い。
買う場合は、から揚げにして積んであるものは避けたほうがよい。

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「沱江には川の幸が豊富」

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鳳凰古城の沱江には川の幸が豊富に捕れ、石畳の両脇には、
焼き魚や川エビなど焼いている匂いだけで食欲をそそる。
写真の川魚の名前が分からない。私は海魚のイワシの丸干しや、
アジの丸干しなどを焼いたものが、好きでたまらない。
だが中国では魚は蒸す場合が多く、焼き魚は不味いと嫌われる。

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今までの中国生活16年目の生活の中で、一回のみバーベキューを、
中国人たちと行ったことがある。その時に、焼き魚をした。
塩を付けて焼き、私が試食したところ、久しぶりの焼き魚に、
舌を打つほどに美味かったが、中国人は、ハッキリ不味いという。
やはり、生まれ育った環境の違いや食文化の違いから味覚も、
違ってくるのだろうか?串に刺し長い間置いておくと砂埃りが、
付着し、不衛生になるので揚げたてを食べるとよいかもしれない。

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「幾らなら買いますか」

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鳳凰古城の石畳を更に歩いて行くと蚤の市のような感じで、
骨董品が並べて展示してあり、声高らかに販売していた。
中国人の中には、骨董品に興味があるのか2体買っていた。
私は骨董品が偽物であると決めてかかり値段180元(2600円)と、
書いてある骨董品を手に持ったり、意味もなく手で叩いて、
鳴らして音を聞き分けている素振りをしたりしていた。

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露天店主は、その骨董品を、幾らなら買いますかと聞くので、
私は手に取り黙っていると、店主から130元(1900円)に下げるから、
買わないかと・・。私は10元(140円)なら買ってもいいと話すと、
話にならないと手で行って下さいというように振ったので、
去ろうとすると100元(1400円)でいらないかと頑張って売ろうと、
しているので8元(112円)なら買ってもいいと駆け引きをし最終、
中国人は130元で買ったが、私は60元で買ってきた。

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「鳳凰古城のシンボル虹橋」

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鳳凰古城をのんびり全部見て回ろうとしたならば3日間は必要。
ガイドブックを片手に人気のあるスポットを見て回っても、
7時間ほどの時間は掛ってしまった。現在鳳凰古城のほぼ中心に、
位置する辺りに石で造られた虹橋へたどり着いた。虹橋の文字を、
見て思い浮かべるのは1963年民間空港として利用された空港を、
思い出したが、虹橋空港も浦東空港が出来てより利用回数は少ない。

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上海虹橋とは全く関係はないのだが、鳳凰虹橋の同じ名前を見て、
蘇ったが、目の前には鳳凰古城の虹橋が沱江の上に架かっていた。
歴史は630年以上だが中華民国の時代に沱江は大きな洪水が発生した。
上流から流れて来た家屋の柱などの丸太で橋脚の一部を破壊され、
鳳凰民衆の虹橋を修復の声で橋脚を補強したが400年に一度という、
大災害に民衆は寄付を募り、石造りの虹橋に生まれ変わった。

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「砂や岩を砕いて描いた絵画」

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鳳凰古城に行った翌日に20年前日本で見た文化大革命の縮図を、
映画化した「芙蓉鎮」のロケ地に行く予定だったが、ホテルに、
帰り着いてより疲れから扁桃腺が腫れ高熱を出してしまった。
仕方なく、王村行きは断念して病院へ行き、ホテルで寝ていた。
昨日ホテルへ着く前に画家「李軍声」の軍声書院へ寄った。

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李軍声は家が貧乏で画材が買えず、色々な所の砂や岩を集めては、
自分で絵の具を作り描いた作品が展示されており直販もしていた。
名古屋万博の中国館の中にも展示されていたようであるが値段は、
李軍声の作品が30万円ほどで弟子たちの作品でも3万円ほどだった。
私は、絵を見ながら中国の黄土地の映画を思い出しながら鑑賞した。
つづく

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「プロローグのシーンは」

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黄色い土地の絵に黄土地(黄色い大地)の映画を思い出した。
6年以上前にDVDを10元(140円)で買って来て見たが、その、
DVDを探し出し見はじめたが、日本語で見てみたいとネットで、
探したものの黄色い大地は、楽天では廃盤売り切れが表示され、
アマゾンでは9000円から12000円のプレミア付きの値段だった。
ジョン・エアマンのステラは25000円になっていた。仕方なく、
中国語のみのDVDで黄土地(黄色い土地)を見て懐かしく感じた。

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貧しかった昔の中国の田舎では、娘の嫁入りは簡単にいえば生活を、
していくための知恵であり、結婚する2人の愛情などには関係なく、
如何にすれば自分の娘を生活能力のある男に嫁がせるかが、1939年、
当時の父親のテーマを描いた映画だったが、中国人に聞いてみると、
中国内陸部だけではなく沿岸部でも同じような感じであった事を、
話してくれた。映画では荒れ果てた黄土を背景にして八路軍の兵士、
顧青がこの村に1人民謡を集めに来たプロローグのシーンからだった。
つづく
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「嫁ぎ先に入っていく姿を描く」

「中国写真ライフ」では、
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顧青が民謡を集めにやって来た目的は、八路軍の兵士に歌わせ、
指揮を高めるためだった。赤い花駕籠に乗り赤い服を着た花嫁が、
表れピッコロトランペットやロータリーチューバやシンバルで、
はやし立てられながら、嫁ぎ先に入っていく姿が描かれている。

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八路軍の兵士・顧青は村人と共にこの婚礼の式に入って酒を飲み、
食事をしながら民謡の歌詞を集めようとしていた。
顧青の近くで嫁入りの様子をじっと見ていたのが、村で一番、
貧しい家の娘の翠巧という名の娘であった。つづく

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「感情が渦巻き駆け抜けた」

「中国写真ライフ」では、
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翠巧の姉は親が決めた相手と結婚していたので、翠巧もいずれ、
同じ運命が待ち受けている事を感じながら見ているシーンだった。
翠巧たち家族はもちろん字も読めないし、その生活は貧しく、
生きていくことだけで精一杯。そんな中に顧青は突然やってきた。

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貧しい生活に馴染んで、畑仕事を手伝ったり、針仕事までこなして、
男性の顧青が話した内容は、延安を本拠地とする八路軍では女性も、
教育を受け文字を書き、長い髪を切り入隊する娘さえいると話す。
つづく

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「感情が渦巻き駆け抜けた」

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顧青が話した事に対して翠巧が驚いた事は、男女の結婚も田舎の、
風習とは違い、2人の感情が大切だと言う事、さらに時代は、
大きく変わっていくと熱っぽく翠巧に語った事だったが、翠巧の、
心は何とも言えない感情が渦巻き駆け抜けた。翠巧は顧青の、
姿を通して心は揺れ動くが、そんな中、顧青は明日には、
八路軍へ戻らなければならない事を告げた。

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翠巧の父親は翠巧に対して、心を許せる男の家に嫁ぐようにと、
告げるが、翠巧は延安に戻る顧青に対して、自分を八路軍に、
入れてくれと懇願するが、顧青は翠巧に、入隊するためには、
申請しないといけないからとか、少し時間が掛かると言い、
顧青は翠巧が嫁ぐ日までに必ず迎えに来ると約束して戻った。
だが、月日は無駄に過ぎ去ったが顧青は戻って来なかった。つづく

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「嫁ぎ先を逃げ出す」

「中国写真ライフ」では、
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遂に嫁入りの日を迎え、花駕籠に乗り赤い服と赤いベールの、
花嫁衣装で、嫁ぎ先に入った翠巧を待っていた男は酒びたりで、
暴力を振るい、見ている私まで何とも悲しい気持ちになる。
無力な少女には勝手に実家に戻って生活するわけにもいかず、
翠巧は堪りかねて嫁ぎ先を逃げ出してしまった。

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自力で黄河を渡り姉に代わって黄河に水を汲みに来ていた弟と、
共に実家の前まで帰った翠巧は、バッサリと切った長い髪を、
弟に手渡し、父への親不孝の想いを弟に話し、1人小さな舟を、
漕いで黄河を渡り八路軍へ参加しようとしたが、顧青というと、
約束を守って村に翠巧を迎えに来たものの顧青が来る前に、
翠巧はすでに村を去っていた。つづく

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「日本に追い付き追い越せ」

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映画「黄色い大地」は中国の田舎の貧しさが大きなテーマに、
なっており、長年続いてきた田舎の習慣や飢饉で作物が育たず、
農民が、飢えてしまうことなどを目の当たりにした顧青は、
八路軍は、この貧しさから人々を解放するのだと語るが、
この当時は理想でしかないが、八路軍から解放軍に変わった、
今の国民総生産量は日本に追い付き、追い越す勢いである。

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映画「黄色い大地」のような内陸部は現在でもまだある。
この映画は1939年の貧しい農村の様子を、1984年に、
作成されたが、45年も前の時代を映画化したものの、
1984年当時は文化大革命が、終息して6年ほどで、
まだまだ映画のような状態であったと思う。つづく

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「悲しい結末を暗示」

「中国写真ライフ」では、
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「黄色い大地」の監督は「張藝謀」で、北京オリンピックの、
開会式や閉会式またパラリンピックの総指揮を担当した監督だ。
監督の代表作の1つである「初恋のきた道」も田舎に住む、
純朴な赤い服を着た娘が、知識ある中央の青年と知り合い、
恋が生まれてくる男女の関係の形は少し共通するものがある。

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「黄色い大地」はハッピーエンドで終わるものではなく、
むしろ悲しい結末を暗示させて終わる作品で見る者に投げかけ、
中国内陸部の耐えてきた苦しい時代を残している。
何度見ても飽きない映画だが、日本語で見るならば更に、
心に残る物語であり、映画であったのではと思う。

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「犬肉店の犬の悲しげな眼」

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「獣偏に句」と書いて「gou3ゴウ」と呼び、犬を表す。
湖南省の最後に行ったところは、チベットの薬屋さん。
そこで上手く7600元(110000円)ほどの薬を買わされてしまった。
私は温度差アレルギーがあり、少しの温度差(低温)で鼻水や、
くしゃみが出てしまい、風邪の症状になってしまう。
首を掌でバシッと叩かれ、私の血を吸盤で取り出して見せた。
血の色はドス黒く、相当悪くなっていると告げる。

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そのあと、紹介された薬が3種類、これを飲めば治るからと、
その言葉のペースに乗せられた。またガイドは7600元?と、
何やら計算機で計算し終わり、私のレシートを持ってレジへ。
あとで分かった事だが、マージンがガイドに入るらしい。
また私の首から出した血は、犬の血だったと言われ力が抜けた。
その横の店が、写真の犬肉店だったという訳であるが、間もなく、
殺され食べられてしまう事を分かっているかのような犬は、
鉄格子の檻の中から助けてよって言う目で見つめられた。

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「一人旅でまた良い思い出」

「中国写真ライフ」では、
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中国でよく目立つ落書きと言えば携帯の電話番号だろう。
都会でも都心から少し離れた建物の壁に描かれているのに出会う。
工場の外壁や守衛所の壁、病院の外壁など至る所に書いてある。
写真の商店街の壁にも、隙間なく電話番号が書かれている。
漢字の意味は黒車は白タクで、下の代款は貸款と書かれている。
意味は貸款で金貸しということであるが、結構達筆である。

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湖南省の長沙空港へ着き、誰もいない空港待合室の椅子を撮影。
今回も、一人旅であったが、ホテルの従業員の人たちも、
私を病院へ送り、診察が済むまで待っていてくれた。
診察を受けるのも日本語は全く通じないし、ペニシリンの、
アレルギーでショックを起こし、電気ショックを施した事があり、
注射は止めて、薬だけにして頂いた。ホテルでは昼も夜も、
食事を部屋まで運んで頂いた。一人旅でまた良い思い出になった。

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