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Dog Photography and Essay

蘇州旅情2


 
「蘇州旅情18」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州庭園」の写真を公開しています。

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拙政園の入園チケット代は70元(1050円)
拙政園は上海の豫園や北京の頤和園などと、
並び中国四大庭園の一つに数えられる。

拙政園の名前の由来は何から来ているのか?
ピンインで書くならば「zhuo1zheng4」

拙とは、つたないとか下手であるの意味。
政とは、まつり事で政治のことをさす。

拙政園を造った王献臣は高官官僚を追放され、
故郷の蘇州に戻ってきた。そして、
愚かなものが政をつかさどるという意味で、
「拙政」と名づけたという。

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拙政園の敷地面積は約5万平方メートルで、
蘇州の中に14ある庭園のなかで最大である。

この庭園に来る前、蘇州庭園に関する本を、
買ってきては、かなり細かいところまで読んだ。

だが、実際に庭園に来てみると、見て回る順序を、
間違えてしまうと、一体、何処を見ているのか、
頭の中が真っ白になってしまうほどだった。

またガイドブックは、かさばるので必要な個所を、
コピーして来たものの抜かしてコピーしたので、
やはり、ガイドブック1冊そのまま持って来るべきと、
思ったが、次の旅でも、同じようにコピーしている。

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「蘇州旅情19」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州庭園」の写真を公開しています。

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拙政園の中を散策すると思わず心が和む。
蘇州の庭園を初めて見て回る時に、
どの庭園も同じように見えてくる。

自然を取り込んだ優雅な景色に圧倒される。
日本にいる頃、日本庭園を見る機会が、
少なかったことも手伝い感性が、
乏しかったのかもしれない。

庭園は広々とした池を中心に東部、
中部、西部の3部分から構成されており、
南部に蘇州博物館が建っている。

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各庭園はそれぞれに違った感じがする。
東部は伸びやかで野の乙女と言われる。

写真の蘭雪堂は拙政園東部のメインホール。

明代に建てられたが、蘭雪堂は李白の詩の、
天地の間に清風は蘭の花を雪のように撒くと、
蘭の花と雪からその名がつけられた。

園の持ち主の王氏の志も表している。

写真ではガラスに向かってレンズを、
向けているので、光が反射してしまった。

道なりに行くと拙政園内部案内が見えてきた。

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「蘇州旅情20」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州庭園」の写真を公開しています。

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拙政園内の案内板を見ながら思ったことは、
庭園内の到る所に池が目についたことだ。

案内板でも池が目立ったが、実際に庭園内を、
歩いてみると池の多さに驚いた。

その池には錦鯉が群れをなし、蓮の葉が、
池の水面に多く浮かんでいた。

池の傍らには回廊がめぐらされており、
池の上に池を眺めるためにせり出した回廊の、
屋根の造りは中国古代建築方法で龍を模る。

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世界文化遺産に指定されている拙政園は、
中国四大古典小説の中の一つである紅楼夢の、
舞台で使われ、大観園のモデルにもなっている。

拙政園は元々、唐の詩人の邸宅だった。
元代に寺として使われ、明の時代になって、
官職を追われた王献臣が寺を買い取った。

敷地の半分以上に大小の蓮池があり、
長きに渡り庭園が管理されてきた拙政園を、
王献臣は自分の色に染めていった。

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「蘇州旅情21」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州庭園」の写真を公開しています。

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拙政園を散策していると茶室が目に留った。
茶室の名前は「雅座」と書いてあった。

私は、写真を撮るとすぐ茶室を通り過ぎたが、
少し行った所で立ち止まり茶室まで引き返した。

茶室の中に入ると4人座りテーブルが8卓ほどの、
部屋と奥に回廊風な場所に2人掛けテーブルが、
置かれていたが、私は4人掛けテーブルに、
腰を下して待っていると注文を取りにきた。

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茶室の女性は、私の所へ来て、
どのお茶にしますかと聞いてきたが、
コーヒーが有るか聞いたものの茶室には、
緑茶や烏龍茶・ジャスミン茶はあったが、
コーヒーは置いていないとのことだった。

私は緑茶を頼んだところ、湯のみ茶碗に、
緑茶の葉を入れて持って来てくれた。

そして、お湯を湯のみ茶碗に注ぎ込んだ。
お茶っ葉は、お湯の上に浮きながら、
湯のみ茶碗の上に、まんべんなく張りつめられた。

日本のお茶の飲み方と違い急須なるものもなく、
お茶の葉が落ちて行くのをじっくり待つが、
口を丸めて息を吹きかけ、お茶っ葉を避けて飲む。

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「蘇州旅情22」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州庭園」の写真を公開しています。

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茶室で湯のみ茶碗に、お茶の葉を入れて、
15元(225円)だったが、お湯を自由に、
入れて飲む事が出来るので高くはない。

窓から見える庭園の色鮮やかな緑や時おり、
外から入り込む、そよ風に心をゆだねていると、
時間が過ぎ去ることも忘れるほどであった。

写真は、蘇州拙政園の枇杷園のメイン建物で、
書斎として造られたが、とても静寂な場所だ。

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「玲瓏館」の「玲瓏」とは細工が精巧だの意味で、
宋代の詩人「蘇舜欽」の詩句の「月の光に包まれ、
竹細工は実に巧みに浮き出ている」との内容から、
「玲瓏」の文字をとり、「玲瓏館」とつけたようだ。

外に出て、軒から吊下げられている「灯篭」に、
目を奪われてしまうが、灯篭のすりガラスに、
描かれた山水画の色付けが淡く、いつまでも、
見つめていても飽きない。

中国の庭園では、灯篭や提灯を巧みに使い、
いにしえの臨場感を漂わせてくれている。

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「蘇州旅情23」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州庭園」の写真を公開しています。


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宋代から清朝に至るまでの生活空間や、
楼閣を建てる最中の人々の様子などを、
墨絵で描き各廊下の壁に掛けてあった。

ガラス張りの額に描いた絵が入れてあるので、
写真撮影は光の悪戯で角度を考慮して、
シャッターを切らなければ後ろ側の風景が、
写り込んでしまうので注意が必要である。

ガラスに反射する光や影を除去する方法は、
シャッターを押してしまってからは難しい。

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シャッターを押す前に、ファインダーを覗けば、
光や影が写っているはずである。

その光を遮るためには、カーテンのような布を、
代用し、光の入る方向に掛ければよい。

だが、一人ではなかなか難しく、そのために、
細い竹の棒を用意し、その竹に布を通しておき、
構図を決めシャッターを切る時に、手旗信号のように、
出せばよいが、人には2本の手しかなく出来ない。

私は観光客が来るのを待って、光が写り込む所に、
立って頂き、シャッターを押した。

実に迷惑な事を要求してしまっている・・・。

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「蘇州旅情24」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州庭園」の写真を公開しています。

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蘇州に造られた拙政園は水園で、
必ずと言ってよいくらい橋がある。

拙政園の中には人工池や川が沢山ある。
人工川の上には石のアーチ橋が掛けられている。

写真の橋は虹のような扇型の橋をしており、
虹の橋と呼ばれる虹橋廊は、拙政園の最も、
有名な橋であるが、廊下式の小さい橋だ。

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写真の橋は、虹の形のため小飛虹と呼ばれ、
蘇州古典庭園の中での唯一の橋式の建物だ。

蘇州の14か所の庭園の中で唯一の廊下の橋だ。
宋の時代に造られたが、清朝に改造された。

写真では逆光になったため橋の欄干の赤色が、
水面に映って影のように黒くなっている。

だが、橋の欄干に光が差し込み水面に映った、
赤の欄干の色素晴らしいとガイドブックに、
載せてあるが、やはり時間帯が必要不可欠である。

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「蘇州旅情25」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州庭園」の写真を公開しています。

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鴛鴦館は拙政園の西部方向にある建物。
鴛鴦を中国語の片仮名書きではユエンヤン。

ピンイン書きするならば(yuan1yang1)
鴛鴦の意味は「オシドリ」で鴛鴦湯と書き、
オシドリ湯と訳し、鴛鴦楼で新婚夫婦専用の、
アパートや鴛鴦座で映画館のアベックシートと、
中国語で使う言葉の中にも鴛鴦は多い。

写真の古い北側の建物で、鴛鴦館と書かれている。
日本語では「オシドリ館」と訳す。

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鴛鴦館の外観は蘇州方面の建物であるが、
内部の装飾類は細かいところまで、
注意が行き届いている。

また置いてある家具類の華麗さと重厚さに、
その当時の人たちの優雅さが読み取れる。

上の写真は塔影亭と呼ばれる「あずまや」
鴛鴦館から、そんなに遠くない所に建っている、

八角形の亭で渓流の傍に建っている。
塔影亭の名は唐代の詩人が付けたとの事。

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「蘇州旅情26」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州庭園」の写真を公開しています。

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拙政園は蘇州の中の庭園で一番広い。
西園の方へ歩いて行くと盆栽などを、
造っている所に出たので一つ一つ見ていた。

中国語で盆栽を盆景(pen2jing3)という。
私は盆栽に水をかけている人に声をかけた。

ここの盆栽は売って頂けるのでしょうかと、
聞いたところ、手招きで近くの事務所へ、
連れて行かれ拙政園の係りの人に話をしていた。

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私は、ただ盆栽は売っているのだろうかと、
素朴な疑問を投げかけただけだったのが、
話が大きくなってしまったとも思いながらも、
訳を話して謝罪をしたが、彼女らも恐縮していた。

たぶん私の中国語レベルが彼女らには、
聞き取り難く誤解を受けたのだろうとも思った。

私は盆栽類を購入しても持って帰るのも荷物になり、
そのような事を話しながら盆栽園まで戻った。

一緒に盆栽園に戻ってすぐに、彼女は雨が少ないと、
水をやっていたが、私はその雫を撮影した。

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「蘇州旅情27」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州庭園」の写真を公開しています。

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拙政園の中園に蓮の池があり夏ともなると、
綺麗な蓮の花が咲いているのを見かける。

蓮の池の近くに、竹が整然と、
植わっている所に出る。

竹林と呼ばれるような、うっそうと、
植わっているのではなく2~3m間隔で、
100本ほど束ねて植えてあった。

竹が植わっている向い側には川が流れ、
川の辺には大きめの石のベンチが置かれ、
その上に、女性が腰を掛け川の方を見ていた。

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私は、彼女が座っている前を通り抜け後へ回り、
竹が植わっている竹の蔭から彼女を被写体にし、
急ぎ撮影した一枚の写真が上の写真である。

盗み撮りと言われてしまえば恐縮してしまうが、
写真撮影とは、そのような一面が多い。

少し歩くと眺望や休憩のために、
ちょっとした高台設けた東屋が見えてきた。

私は、その東屋で暫しの休憩を取りたかったが、
大きく迂回して、川を渡らなければならず、
写真の東屋へは、あきらめて先へ向かい歩いた。

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「蘇州旅情28」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州庭園」の写真を公開しています。

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中国人は、美しい風景を形容するのに、
「上有天堂、下有蘇杭」という言葉を使う。

この意味は、天には極楽があり、
地には蘇州・杭州があると形容している。

これは蘇州や杭州を表現する際に、
使う言葉で蘇州や杭州に行けば、
必ずガイドの人が話してくれる。

極楽のように蘇州や杭州は、
美しいという意味で使われる。

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杭州は水の都として有名ではあるが、
蘇州も同じように水の都と言われ、
東洋のベニスと言われている通りである。

また水郷と言われるほど水が豊かで、
水上輸送の要所で幾筋もの運河がある。

古来より多くの詩人が訪れ、
多くの詩を詠んでいる。

写真は獅子林の中の画像であるが、
拙政園が水と緑の庭園であるのに対し、
獅子林は石と水の庭園といった感じである。

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「蘇州旅情29」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州庭園」の写真を公開しています。

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拙政園を出て、徒歩で行っても、
10分ほどの距離に獅子林はあったが、
道に迷い辿り着くのに時間がかかった。

獅子林は拙政園と並び蘇州の、
四大庭園のひとつとして数えられる。

元の時代(1342)、禅師のために、
禅式の庭園を築造したのが始まり。

禅師とは、精神を集中し寂静の心境に、
通達している師匠の僧のことである。

禅師は浙江省の天目山の獅子崖で修行し、
如来説法の仏典を「獅子吼」と、
称するところより、獅子林と名づけられた。 

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獅子林の庭園内は花崗岩の奇石や、
蘇州付近にある太湖周辺の丘陵から、
切り出される穴の多い複雑な形の、
奇石である太湖石が林立している。

その太湖石を積み重ね庭園に立体的な、
美しさを加えるように作った築山は、
迷路のような洞窟となっている。

私は写真にも見える石の山の中の、
迷路を歩いてみたが、注意しないと、
カメラを傷付けてしまいそうになる。

獅子林は別名「築山王国」とも呼ばれる。
拙政園に比べれば、相当狭い庭園である。

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「蘇州旅情30」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州庭園」の写真を公開しています。

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ホテルに帰ってより直ぐにシャワーを浴びた。
夜は観前街で食事をしようと一人繰り出した。

ネットで調べていた蘇州で賑やかな通りは、
観前街という事で、蘇州一の繁華街へ向かった。

ホテルから少し歩き大通りまで出たが、
食事時とあってタクシーがつかまらなかった。

少し離れた所で、タクシーを待っている女性に、
声を掛けると、中々タクシーが停まらないという。

暫くの間、対話をしていると、友人の結婚祝いの、
パーティに行く途中だというので場所を聞いた。

聞いても私に分る筈もなかったが、私の行き先の、
観前街を彼女に話すと車で5分ほどだと言う。

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彼女と色々と話しているうちに食事会に来ないかと、
言われ、一瞬その気になったが、結婚している事が、
分り、何とか着いて行くのだけは思い留まった。

私の携帯に電話を掛けてもらい、彼女の名前を、
蘇州の女と登録していた所へタクシーが停まった。

私は彼女を助手席に乗せて、彼女の食事会の所まで、
送り届けたあと、私は観前街まで引き返した。

結局、5分ほどで行けれる道のりを20分ほど掛かり、
私の目的地へ着いた。私の目的は蘇州の緑揚?飩。

写真の緑揚?飩店で小籠包類を食べることだった。
小籠包はワインに合うが、店には売っていなかったので、
外のコンビニで買って店に持ち込み食べた。

ホテルまでの帰り道、中国で一番大きな新華書店で、
中国の単行本を購入したが辞書がないと読めなかった。

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「蘇州旅情31」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州庭園」の写真を公開しています。

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中国の各都市にある新華書店を出て、
観前街の通りを、路地へ入り込み、
のんびりと目的もなく歩いていた。

30分ほど歩いているうち、一体どの通りを、
歩いて来たのか、一体どの辺りにいるのか、
初めて来た街並みに迷ってしまった。

ホテルに帰り着く時間が決めてある訳でもなく、
月をバックにパーティードレスなどや、
ウエディングドレスが売られている店を撮影。

やはり自分自身が何処にいるのか心配になり、
玄妙観まで行けば道が分ると思ったので、
通り過ぎ行く中国人に玄妙観の方向を聞いた。

2人に聞いたが知らないとの返事だったが、
3人目の人が玄妙観の近くまで行くので、
同行して頂き、玄妙観へ辿り着いた。

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観前街は全長約800メートルほどの通りだが、
通りを外れて行ったり来たりしていると、
自分の立っている所が何処なのか迷ってしまう。

上海を出発する前から観前街について検索。
その中に玄妙観という名の道教の寺院を、
目標にして道を覚えていたが夜の観前街も、
手伝い道が分らなくなってしまった。

玄妙観は道教の聖地だったが、現在では、
三清殿と山門だけが残ってる。

その三清殿を月をバックにしてISO値を上げ、
シャッタースピードを遅くし撮影したが、
やはり三脚なしのため手ブレを起こしている。

下の写真は、観前街霊星門広場から撮影。

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「蘇州旅情32」

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蘇州の夜を満喫したとまでは言えないが、
ホテルに着いたのが深夜1時頃になってしまった。

夜10時頃に電話登録した「蘇州の女(ひと)」より、
私の携帯に電話があり、友人の結婚記念パーティも、
無事に終了して、ご主人と子供と帰る途中との事。

主人に代わるからと言われたものの、一体何を、
話してよいものか分からないので、また蘇州に、
来た時に連絡するよと言って電話を切ろうとした。

彼女からは「明日はどこへ行くの」と聞かれ、
寒山寺の事を話すと、日本人に人気がある寺ねと、
じゃ!楽しみにして行って下さいと電話は切れた。

街の通りで声をかけた女性から電話が入ったものの、
逢ってもいないご主人と会話する事もあるまいと、
思ったが、彼女はパーティ出席のために淡いピンクの、
チャイナ服を着ていて独身にみえたが・・。

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寒山寺へは今までに4回来ているが、この時は、
初めてだったので、ホテル近くの大通りから、
タクシーを使ったが、寒山寺横の通りで降りた。

寒山寺は510年頃に建てられたが、800年後の元代に、
戦火で焼失してしまい、その後再建されるが、
4度戦火により焼失している。

写真の寒山寺と書かれた塀は、あまりにも有名である。
この塀の前で、記念写真を撮るというのがステータス。

そのほかに有名なのは、明治のころ伊藤博文が、
寄贈した2.5トンの鐘だが、少し小ぶりである。

話によると、寒山寺にあった大きな鐘が、
日本人によって持ち出されたということで、
それを知った伊藤博文が探させたが見つからず、
2.5トンの鐘を寄贈したとの事であった。

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「蘇州旅情33」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州庭園」の写真を公開しています。

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写真は寒山寺の四天王像だが、
日本の像とは表情や雰囲気が違う。

京都東大寺の四天王像は厳粛で、
凛々しい雰囲気が漂っていた。

中国のどの寺の四天王像を見ても、
同じく微笑ましい雰囲気である。

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四天王は須弥山を守る役目を担い、
須弥山においては帝釈天を仕えた。

元々インドより伝来した仏教は、
中国へ伝わり、日本へ伝わって来た。

四天王は、仏法の守護神として、
日本でも広く知られており、
飛鳥時代から奈良時代に多く伝わる。

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四天王は、西方を守る広目天と、
東方を守る持国天、南方を守る増長天、
そして北方を守る多聞天だが中々難しい。

写真では上から宝剣を持った増長天。
次に、琵琶を持った持国天、その下が、
蛇を持つ広目天と傘を持つ多聞天である。

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「蘇州旅情34」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「蘇州庭園」の写真を公開しています。

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蘇州駅から3kmほど行った所に、
寒山寺はあるが、森鴎外の小説の、
「寒山拾得」拾得の故事で名高い。

私が寒山寺と変換する場合は、
「寒い」をタイプして「い」を削除し、
次に「山寺」を打ち出すという具合だ。

寒山寺を「かんざんじ」とタイプすると、
浜名湖の舘山寺が変換されてしまう。

はじめ寒山寺を検索するときに、
舘山寺が出て少し驚いた。

その昔、長女が1歳半になったころ、
5日間舘山寺へ宿泊したことがあった。

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曹洞宗舘山寺の本堂から鐘堂など、
懐かしく思い出されたが、蘇州寒山寺と、
舘山寺とは友好関係にあったと知った。

伊藤博文が寒山寺に鐘を寄贈したが、
同じ時期に舘山寺にも寄贈していたと知った。

1905年に、伊藤博文が1対の鐘をつくらせ、
一つを寒山寺へ寄贈し、一つを舘山寺へ。

現在舘山寺にその鐘はないとのことだが、
寒山寺には現存している。

下の鐘の写真の上段右側に伊藤博文の名前が、
彫られており、鐘を造った人の名前もある。
写真では、鐘の下側にピントが合い名前が見辛い。

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