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Dog Photography and Essay

天馬山公園1


   
「天馬山公園1」

「中国写真ライフ」では、
上海「天馬山公園」の写真を公開しています。

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天馬山公園へは?山森林公園からバスで
30分ほど掛かるが各停留所に停まりながら
行くので車でなら20分ほどで行けれる距離だ。

天馬山も?山同様に100m足らずの山である。
上海地域は主に平野であり山脈が一切ない。

ゆえに地震が起こる心配をしていないと中国人は
話すが確かに唐山や四川また雲南で起こっているが
上海では一度も地震は発生していない。

上海を取り巻く街では小高い丘が続いている。
松江からの連なる丘を称して「松江九峰」と呼ぶ。

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天馬山はバス停から3分ほど入った所に入口があり
北側と南側の2箇所にあるが、写真の石段から
入って行くのが一般的な入り方である。

天馬山は春秋時代の呉国に干山と呼ばれていたようで
春秋時代に何故千の山と呼ばれていたかは不明。

一説によると天馬山付近で千の将軍が露営をし
戦いに備えて訓練をした場所から名前が付いたとある。

一人の将軍に200人の兵が着いたとしても
20万人がこの一帯で訓練をしたこととなる。

入口の門を潜り抜け山道を登るというより
緩やかな道をゆったりと緑が生い茂った林を
眺めながらハイキング気分で歩いて行ける。

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「天馬山公園2」

「中国写真ライフ」では、
上海「天馬山公園」の写真を公開しています。

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1079年に写真の護珠寶光塔が建てられた。
1079年は北宋の頃であり中国全土が仏教一色の
頃でもあり天馬山でも護珠寶光塔が建てられた。

南宋の1157年に黄金色の仏舎利を塔の中に
隠して敵の襲撃から守ったと文献にはある。

護珠寶光塔は明け方や落日の折に塔の周りから
七色の虹のような光りが現れると言い伝えがあり、
その場面を一目見てみようと待っていたが夕陽まで
相当な時間があり待つ事を止め引き返す事にした。

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天馬山の護珠寶光塔は斜塔として有名である。
護珠塔の周りが竹で囲ってあり違和感を感じた。

以前来たときには、塔の周りの保護柵はなく
塔に近寄り見る事が出来たが今回は写真を撮っても
満足感がなかったものの休憩所の中国人に聞いてみると
護珠塔の傾きが年々酷くなり上海市より事故を懸念し
柵を設けて観光客が入れないようにしたとの事だった。

1245年に修築が行われ、100年に1度修復を行うが
最近では風化も激しく高さ19mの塔がいつまで
持ちこたえれるかと言う事と最悪倒れた場合に
けが人等出たときの対策なども話し合っているとの事。

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「天馬山公園3」

「中国写真ライフ」では、
上海「天馬山公園」の写真を公開しています。

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天馬山公園の護珠寶光塔の周りの写真を撮り
中央に造られた小さな廟から護珠寶光塔を撮影。

護珠寶光塔は斜塔と呼ばれるほどに傾き
あと何年で倒れるのかと心配させれほどである。

その傾いた護珠寶光塔を撮影するのは
真っ直ぐな塔を撮影するより難しいかも知れない。

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写真の左前方に樹齢750年余りのイチョウの木が
植わっており銀杏の木の周りにはコンクリートで
防護柵がしてあり大切に保護されている。

乾隆(清朝の皇帝)(1788年)の時、寺院佛の
祭り行事の際、大量の爆竹を鳴らし、それが元で
銀杏の木に引火し焼失し現在4メートル程しかない。

前回訪れたときには撮影してホームページへ
載せたのだが、不注意によりホームページ全て
削除してしまい何とも悔しい思いをした。

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「天馬山公園4」

「中国写真ライフ」では、
上海「天馬山公園」の写真を公開しています。

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上海天馬山の斜塔である護珠寶光塔から
30mほど進んだ所にあるイチョウの木の
画像が出て来たので前頁と分けて公開したい。

外付けのHDDの中にデータとして入っていた。
写真の左側に移っている木が1788年に爆竹から
引火して樹齢750年のイチョウの木が燃えたが
700年以上過ぎた現在でも倒れずにいる。

護珠寶光塔の傾きは2.3mあり、傾斜度は6度で
ピサの斜塔と比べるのもどうかとは思うが
ピサの斜塔より傾斜度は大きく世界第1なのだが
外国の人はこの塔の事を知っている人は少ない。

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中国の新聞紙上で「傾斜世界一の塔」と掲載したが
中国人にさえ人気が今ひとつ巻き起こらない。

観光客は私の前にも後にも居なかったので
何処をどのように歩いたら出口まで行けれるのか
来た時には40分足らずのような気がしたが
写真の上峰寺まで辿り着くのに1時間半掛かった。

近道を通ろうと思ったのが返って遠回りになり
最後には路に迷ってしまったが聞く人もおらず
ただ一人で焦る気持ちで歩き続け辿り着く。

下の画像は上峰寺の高炉の龍の鋳物飾り越しに
復活をさせようと建設途中の観音像を撮影した。

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「天馬山公園5」

「中国写真ライフ」では、
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日本ではお盆も過ぎ日常の生活に戻った。
寺や墓などでロウソクや線香が使われる。

中国でも同じように使われるが大きさが違う。
中国のお盆といえば清明節であり一番線香が
出回る時期でもあるが日本の8月15日とは違う。

中国の清明節は春分から15日目以降に行う。
日本のように霊が帰ってくるという思想はなく
先祖の墓の掃除をするという行事のようである。

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私も着いて行った事があるが一般家庭では
墓と言っても日本のような墓石はなく
土が持ってあるだけの簡単なものである。

墓の前ではロウソクを点け線香を炊き
まず墓に生い茂った草を取り除くが大変な作業。

その後、見るからに偽のお札だと分かるお金を
ロウソクを使って次から次へと燃やして
折角掃除した墓の周りは焼けた灰で汚れるが、
一切関係なく、皆それぞれ帰宅につく。

家に戻ると家族や親戚が集まり宴が催され
春節に次ぐ大きな行事の一つである。

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「天馬山公園6」

「中国写真ライフ」では、
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上海から地下鉄で1号線から上海駅まで行き
3号線に乗り換え宜山路駅で9号線松江行きへ
乗り換えた後、そのまま?山駅まで来れる。

?山駅からは路線バスを利用すれば天馬へ着く。
ある程度の中国語力がないと一人では大変だ。

天馬山では護珠寶光塔の斜塔と上峰寺の観音像を
見れば他は見なくとも良い。というのも
始め来た折に半日掛けて護珠寶光塔近くより
四方向へ石段が下りており、それを散策し
思ったより広い敷地内を行ったり来たりした。

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護珠寶光塔は山を下り近くを流れる川に架かる
橋からでも、斜塔を見る事が出来るが見る
方向によっては傾いていないようにも見える。

下の画像は望遠で撮影しているが、斜塔の
裾部分のレンガが崩れ落ちている方向とは逆の
方向へ傾きが進んでいる。実際に斜塔まで
登って見て見ないことには遠くからでは
レンガの崩れ落ちている箇所は見えない。

季節は夏でもあり、山には緑が青々と茂り
斜塔を取り囲むように夏の雰囲気が出ているが
望遠を外すと中国特有の砂で曇った感じに見えた。

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「天馬山公園7」

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上海松江天馬山の護珠寶光塔と上峰寺を
観光した後、登山道を下り天馬の田舎町を
歩いてバス停まで向う途中撮影した。

写真の右側に映っているのが斜塔だが
写真で見るとかなり遠くに感じる。
街を流れる川の水はあまり綺麗とは言えない。

予定では天馬山からバスで小昆山まで行き
その後、松江まで足を伸ばし松江で一泊し
松江を観光した後、上海へ戻る予定だった。

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だが天馬山で時間を多く使い過ぎ、急遽
予定を松江から七宝古鎮へと変更した。

天馬から携帯でホテルの予約をした。
高級なホテルは必要なく、かと言って
安くても汚いホテルは駄目だと告げ
さらに見つかり次第連絡をと電話を切った。

10分ほどしてより電話した所より
ホテルが見つかったので2軒のうち
1軒を決めて予約をしたいとの内容だった。

写真は広角レンズから望遠レンズに取替え
斜塔を撮影したが傾き具合いも分かる。

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「中国の旅」

 

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