2933629 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

Dog Photography and Essay

無錫旅情3


 
「無錫旅情23」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「無錫」の写真を公開しています。

wuxi70.jpg

水滸伝は儒教道徳を兼ね備えまた
知識人にも評価される文学作品となった。

だが、反乱軍を主人公とする水滸伝は
儒教道徳を重んじる知識人にはあまり
高く評価されずにおわったようである。

wuxi72.jpg

ほとんど民衆の読む通俗小説として
扱われるようになり、その風潮の中で
明末の陽明学者の李卓吾が儒者の偽善を
批判し水滸伝の通俗小説を高く評価した。

明代末期に水滸伝は農民反乱を扇動する
作品であるとして禁止令が出されている。

wuxi73.jpg

 
「無錫旅情24」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「無錫」の写真を公開しています。

wuxi74.jpg

水滸伝は清代に入り京劇の題材になった。
108人が皇帝に従うという展開が
西太后などに好まれたようであった。

中国共産党では降伏経験のある幹部から
妥協的であるとされる幹部への
批判として水滸伝批判が行われた。

wuxi75.jpg

1975年の毛沢東による水滸伝批判では
宋江が前首領を棚上げして実権を握り
自ら首領となり朝廷に帰順したことが
革命への裏切りであるとして非難された。

文化大革命の最中では批判的に読むための
連環画形式の水滸伝も出版されたが大革命が
党によって全面批判された後の水滸伝は
政治的位置付けは無くなり京劇も復活している。

wuxi76.jpg

 
「無錫旅情25」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「無錫」の写真を公開しています。

wuxi77.jpg

水滸伝が日本入って来たのは
江戸時代の中ごろの1728年で
一部和訳され普及し19世紀初めには
翻訳、翻案が数多く作られた。

また浮世絵師の歌川国芳や葛飾北斎が
読本の挿絵や錦絵に描き広まった。

wuxi78.jpg

半世紀後の1773年には「本朝水滸伝」が
成立したが、本編をの表現や発想などを
基にしながら創意を加えて独自の作品とした。

さらには日本の歴史をも改変したというが
水滸伝は現在の伝奇小説の先駆けとなった。

wuxi80.jpg

 
「無錫旅情26」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「無錫」の写真を公開しています。

wuxi81.jpg

戯作家曲亭馬琴は水滸伝を日本を舞台とする
物語に取り入れ「新編水滸画伝」を著した。

水滸伝を代表作となる「椿説弓張月」や
「南総里見八犬伝」を書いており
パロディの「傾城水滸伝」も知られる。

wuxi82.jpg

江戸時代後期の侠客である国定忠治の
武勇伝はのちに「水滸伝」の影響を受けた。

脚色され浪曲や講談で知られている
「天保水滸伝」は侠客笹川繁蔵と
飯岡助五郎の物語に水滸伝の名を冠した。

wuxi85.jpg

 
「無錫旅情27」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「無錫」の写真を公開しています。

wuxi86.jpg

中国中央テレビ(CCTV)の連続ドラマである
『三国演義』いわゆる三国志のテーマパークに来た。

もともとはオープンセットであり「劉備招親」や
「火焼赤壁」また「草船借箭」などの名シーンは
いずれもここで撮影され1994年に放映された。

wuxi88.jpg

中国の歴史の中の漢と晋の間に「魏、呉、蜀」の
三国が並立していた時代の物語りで漢の末期
悪徳な役人によって漢王朝は腐敗していた。

そんな時代の中、張角が仙人から妖術の書を
授かり、腐敗した漢王朝を倒すために黄巾の乱を
起こしたが漢王朝はこの乱を何とか鎮めた。

wuxi89.jpg

 
「無錫旅情28」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「無錫」の写真を公開しています。

wuxi90.jpg

日本へ三国志が伝来した時期については
正確には判明していないようである。

760年の天平宝字4年に成立した藤氏家伝の
大織冠伝には蘇我入鹿の政を批判する記述があり
すでに董卓の奸臣としてのイメージが
形成されていた事が窺われる。

wuxi91.jpg

天平宝字4年淳仁天皇は舎人6人を大宰府に
遣わして吉備真備の下で「諸葛亮八陳」や
「孫子九地」といった陣法を修得させている。

769年の神護景雲3年には称徳天皇が大宰府の
請に応じて『史記』『漢書』『後漢書』また
『三国志』『晋書』を下賜している。

wuxi92.jpg

 
「無錫旅情29」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「無錫」の写真を公開しています。

wuxi93.jpg

藤原佐世が撰述した平安初期の漢籍目録には
当時の日本に存在した後漢時代の史料として
『三国志』の名を見出す事が出来る。

平安末期の藤原通憲『通憲入道蔵書目録』には
『魏呉蜀志』二十帖があり、藤原頼長は
読了した漢籍として『三国志』を挙げている。

wuxi95.jpg

『太平記』には、大蛇に変身する夢を見た
新田義貞が吉夢であると喜ぶが、斉藤道献は
密かに大蛇を「臥竜」諸葛孔明の奮闘と
無念の死に重ね合わせ義貞の戦死を
予感するという描写を見つけたという。

この物語は曹操・劉備存命中に五丈原の役が
起こるなど史実や演義などと異同がある上
日本でアレンジされた一つの三国志物語とも言える。

wuxi96.jpg

 
「無錫旅情30」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「無錫」の写真を公開しています。

wuxi98.jpg

朝鮮の中世以降に五山の学僧や
江戸の漢学者は主に朱子学に基づき
三国志の人物を論評した。

諸葛亮が帝王の補佐をするのに
相応しい才能がある人物か否かについて
学者たちは肯定する者や否定する者もいた。

wuxi99.jpg

江戸期の漢詩の題材としても三国志の人物が
好まれており特に関羽と諸葛亮が讃えられた。

明治以降の正史に基づいた史伝としては
『諸葛武侯』や『三国志実録』など出版された。

また『秘本三国志』などの小説の一部には
正史の記述が取り入れられているが
三国志といえば『三国志演義』の物語を指す。

wuxi100.jpg

 
「無錫旅情31」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「無錫」の写真を公開しています。

wuxi101.jpg

日本での三国志ブームが起こったのは
1977年から12年掛けて三国志全集が出てから。

『世界古典文学全集24 三国志』『三国志』が
初めて日本語完訳され改訂再刊されてからである。

wuxi102.jpg

その後、幅広い世代の三国志愛好家が正史を
読めるようになり多くの人々が『三国志演義』の
固定化していたイメージに疑問を持つようになった。

これ以後、三国志の解説書が多数登場し漫画や
ゲームなどにも作品が現れるようになった。

wuxi103.jpg

 
「無錫旅情32」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「無錫」の写真を公開しています。

wuxi104.jpg

日本で三国志といえば漫画家横山光輝の
三国志であろう。また、三国志の原作に
忠実に描かれており1992年頃のバブル時代の
最終章でテレビ東京では大好評であった。

三国演義に基づいた三国志ブームの中で
人物設定や出来事など一部の事柄を正史に
基づいて再構成したところに興味が湧いた。

wuxi105.jpg

三国志演義は江戸の大衆文化に大きく
入り込み武士の間で広く読まれ続けた。

『三国志演義』の伝来時期は定かではないが
江戸初期には詩文などの中に演義の影響を
受けたものも多く見られるようになった。

儒学者の林羅山は徳川家康に抜擢された。
のち徳川家光に重用されて幕政に参画し
儒学の官学化に貢献したが三国志を読了した。

wuxi107.jpg

 
「無錫旅情33」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「無錫」の写真を公開しています。

wuxi106.jpg

『三国志』の日本語訳本が討ち入りの
9年ほど前の元禄5年に『通俗三国志』が
刊行され元禄時代の武士の間で広まった。

江戸時代に外国の小説が日本語訳されたのは
初めてのことでもあり興味深深で読んだ。

wuxi108.jpg

日本語訳『三国志演義』は以後、何度も
再刊がなされ葛飾北斎の弟子の葛飾戴斗の
『絵本通俗三国志』が人気を博した。

明治に入ってからは『新訂通俗三国志』など
諸種の訳が現れ明治期以降更に人気になった。

wuxi110.jpg

「中国の旅」


   
「無錫旅情34」

「中国写真ライフ」では、
江蘇省「無錫」の写真を公開しています。

wuxi113.jpg

日本において『通俗三国志』の刊行以後
大衆文化にも三国志が普及し出した。

歌舞伎においては早くも三国志の武将の
「関羽」という台詞が出始めている。

歌舞伎作品に「関羽」という題名もある。

wuxi116.jpg

近年では市川猿之助の歌舞伎『新・三国志』が
ブームになり日本国内での祭りにも影響を与えた。

洒落本では劉備が吉原で料亭を営むところに
借金を抱えた孔明が転がり込んだ所へ仲達が
押し掛けるが孔明の計略で撃退される。

このような三国志のパロディが江戸時代の文化に
溶け込み読者層にも三国志の物語が広まって行った。

wuxi114.jpg

「中国の旅」


「BACK」へ  「中国写真ライフ」へ  「NEXT」へ


Copyright (c) 1997-2020 Rakuten, Inc. All Rights Reserved.